中山(長坂上条

金曜日に順延した木曜山行だったが、このあたりの雨は蓼科方面は雪だっただろうから車道の様子も心配だったし、予定の八子ヶ峰はどうもあまり天気が良さそうには思えなかった。参加希望はすがぬまさんだけで、最近掲示板でよく見る中山はどうでしょうというので、えっ、すがぬまさん中山はまだ登ったことがないの、それならそうしましょうかと、私は先週、名古屋のNさんと登ったばかりだったが、また行くことになった。

八ヶ岳だけは新雪の峰々が雲から現れそうになっていたので、すがぬまさんが絵を描くにも好都合だと思ったのである。だが毎度おなじみの東麓から登るのではさすがに食傷気味だと、私の好みでコースは選ばせてもらった。

頂上では八ヶ岳だけはすっきりと姿を現していたが、その他はまだ雲に覆われていた。八ヶ岳を描いていればそのうち出てくるのでしょうと私は陽だまりで昼寝、すがぬまさんはこのときとばかりに創作である。

やがてそのとおりになって、ことに駒ヶ岳が頂上から徐々に姿を現していく様はなかなかの見もので、飽かず眺めているうちには頂上に着いてから2時間半もたっていた。その間、誰も登ってこず、貸し切りとは贅沢な話であった。

最後には富士山も頭を雲の上に出し、これにて役者をほぼすべて見たとばかりに下山とする。適度に湿って歩きやすい旧町村境尾根を快適に下り、最後は適当に駐車場所の方向へと近道して藪をわずかに漕いだ。

帯那山(甲府北部)

2週続けて悪天候で中止になった木曜山行だったが、やっと好天が巡ってきた。

すっきりと現れた、真冬にはまるでそれらしくなかった八ヶ岳は3月に入ってからのほうが白い。南アルプスには雪雲がかかっている。しかし帯那山は富士山の展望がメインで、そちら側はすっきりとした空なのでまあいいだろう。すっきりとはいえ空の色は春らしい青である。

木曜山行では何度も帯那山に出かけているが、その最後はhttp://yamatabi.info/tawara-20091210.htmlのときで、すでに10年近く前である。その後も私自身は何度も出かけているから久しぶりという感じがしなかったので計画を立てるときに頭に浮かんでこなかったのだった。

冬季以外はほとんど車で登れてしまう帯那山だから、これまでも林道が通行止めの期間に計画し、しかも律儀に麓からのコースを設定していたが、もう、しんどいことはご免被るという参加者が多くなってきたので、今回は太良峠からの周回コースとした。これだと標高差はたかだか400mにもならない。

昼前には頂上に着いて長い昼休みとなった。以前はススキの繁茂で肝心の富士山方面の眺めすらも芳しくなくなっていたのが、数年前からは毎年刈り払われているようで、南側の眺めはとにかくすばらしい。ここから見える山のほぼすべてを木曜山行で登っているのだから興趣が尽きない。今回は、北側の林が伐られて金峰山もよく見えるようになっていた。

風は少々強かったが、南斜面で陽を浴びていればどうということもない。時間があるので奥帯那山までは往復した。頂上には真新しい山名標が立っていた。

太良峠へ歩いていくと、麓からも目立つ、ムーミンの家のような電波塔があるが、その周りが皆伐されてまるで違う風景になっていた。しばらくは大菩薩や富士山の大展望が楽しめるだろう。

帯那山は、戸市からの往復はごく初心者向きだが、積翠寺方面はヤブ山初心者向きだと思う。


蜂城山~神領山~大久保山(石和)

蜂城山に登ったのは5年前が最後で、そのとき頂上に「神領山へ」と書かれた笛吹市による道標を見た。南東にある標高点866mのピークをそう呼ぶらしい。このピークには何度も登ったことがあったが初耳だった。

地形図を見ると、蜂城山からこの神領山を経て大久保山に至る馬蹄形の稜線の中央に食い込む沢沿いには神社記号があり、これは一宮浅間神社の摂社山宮である。なるほど見るからに山じたいが神社の境内で、その最高点を神領山とするなら辻褄が合う。小林経雄『甲斐の山山』には、この山域は「神山」と呼ばれているとある。

この馬蹄形の山歩きに木曜山行で出かけたのは2006年のことhttp://yamatabi.info/tawara-20060406.html。ただし、そのころは元気で、もう一つ先の大積寺山(910.6m)まで足を延ばした。また2008年には達沢山から神領山を経て大久保山に下ったこともあるhttp://yamatabi.info/tawara-20080412.html。むろんそれらのときには神領山なんていう名前を知らないまま、ただジャンクションということで注意していたピークだった。

とにかく、桃源郷がそれらしくなる時季にはこのあたりの山域に出動することが多くなる。久しぶりに歩いてみるかと計画してみたが、桃の花期には少し早い3月末にしたのは、道標も完備でこの山も知られるようになったからには花盛りでは人出もあるかもしれないと考えたからだった。案の定、山歩大介さんが調べたところによると大手ツアー会社のツアーがまったく同じ行程で4月にはあるという。バスで来るような人数にこんな山で出くわしたら大変である。

さて、やはり桃の花はちらほらと開き始めている程度、しかしスモモの白い花はところどころで満開である。寒い地方から出てきた身には朝方でもすでに生暖かい。暑がりの私は歩き初めからTシャツ一枚になった。

5年の間にはいろいろな変化があるもので、天然記念物の、山頂直下のヤマボウシの大木は倒れていたし、しかしこれはもう何年も前のことらしく、すでに倒れた木も朽ちていた。去年の台風のせいではなかったらしい。

去年の台風後、いろいろの山での倒木被害を見てきたが、この山がもっともひどかった。蜂城山の頂上にある天神社の本殿を保護していたトタン屋根は吹っ飛んで下に落ちていた。本殿も屋根にブルーシートが掛けられていたところをみると損傷しているのだろう。

神社までの参道の倒木は処理されていたが、頂上から先へはまだ手付かずの状態で、南の鞍部へ下る途中も径こそふさいでいないものの辺りの木々は同じ方向に折れたり根こそぎ倒れている。鞍部から神領山へはある程度育ったヒノキの植林地だからさほどでもなかったが、神領山の頂稜に達して植林がなくなるとおびただしい倒木が行く手をふさいでいた。最高点はもう少し先だが、この倒木を乗り越えてわざわざ行くこともないと、わずかに空いた南向きの斜面で昼休みとした。

大久保山へ下る稜線の倒木がまたひどかった。笛吹市が道標をつけたのだから、少々わかりにくかった大久保山への分岐も明瞭になっているだろうと思っていたのがそれどころではない。フィールドアスレチックスまがいを繰り返し、迂回につぐ迂回をするうちには方向さえあやふやになる。

それでもなんとか大久保山にたどり着いたら、ここにも変化があった。枯れていたもののまだ立っていた松の大木は伐られてなくなっており、神社はリフォームされてこぎれいになっていた。

下山後には、神領山たるゆえんの山宮に初めて行ってみた。なかなか荘厳な雰囲気の林に、重要文化財の社があった。これから蜂城山に登るなら、この神社をからめる周回コースにしようと思った。ともあれ、手が入らない限り、この神領山周回コースは篤志家向きであろう。

唐松峠山(諏訪)

去年4月の木曜山行では諏訪湖北岸の大見山と丸山に登った。いずれも下諏訪を起点とする山行で、登り甲斐もあったし新鮮でもあった。そこで今年は南岸の山にどこか良さそうな山はないものかと地形図を見ながら物色していて、見つけたのが昨日の唐松峠山であった。

このあたりの地形図に山名表示はなく、三角点名から勝手にそう呼んだ。この山に目をつけたのにはもう一つ理由があって、その起点にしようと思った西山公園に一度行ってみたかったからだった。

ひんぱんに通る中央高速道路の諏訪インターから諏訪SAに至る間で、4月には、右手に見える小山が桜にすっぱりと覆われているのを何度も見た。地元の桜の名所に違いないと調べてみるとこれが西山公園だった。高速道路建設時に造られた公園で、全山に植えられた桜が育ち、いまや千本桜として有名らしい。

高速道路は隔離地帯なので、何度通ってもその付近のことはさっぱりわからない。この桜の山はどんなところなのだろうと一度行ってみたかったのである。

その西山公園の桜はまだまだで、それだけに人影もなかった。小高い場所にあるので展望はよい。北アルプスから中信高原を経て八ヶ岳まで眺められた。ただし真横を高速道路が通っているのだから騒音が玉にキズ、と思うのは勝手な感想ではある。公園にあった地図によると周辺を歩くウォーキングコースもあるらしい。

稜線上に出るまではほとんど径形らしきものはない急登だったが、傾斜がゆるむと、踏跡程度しかないものの、ヤブもなくいたって穏やかな尾根歩きだった。特筆すべき明るく美しい尾根なのは、森林組合による手が入っているからだろう。ところどころに組合が作業した標識がぶらさがっている。マツタケ山ではなさそうだがキノコ山ではあろう。これだけすっきりした山ならさぞ収穫があるに違いない。したがって秋には入山できないだろう。にもかかわらず、信州の山に多い、見苦しいビニールテープがまったくないのは好ましい。

三角点峰に登ったら、南のピークまで歩いて、登った尾根に並行した尾根を下ろうと思っていたが、その鞍部に「唐松峠」の標識があるのを見、峠道が越えているのを知って、それではとその峠道を下ってみることにした。三角点名の「唐松峠」は当然この峠の名前にちなんだもので、当時は人の往来がよくあったのだろう。

諏訪湖の南岸には伊那谷への近道となるいくつもの峠があって、有賀峠は車道が越えているから何度も通ったことがある。諏訪湖側から崖のように急な坂を登って峠を越えると向こう側にはいたって傾斜のゆるやかな丘陵地帯が拡がっているのは杖突峠も同様で、このあたり共通の地形である。

地形図には「真志野峠」が記載されているが破線がないので正確な位置がわからない。調べてみると、そこから有賀峠にかけて南、中、北と峠があって、そのうちの北峠がすなわち唐松峠ということらしい。昨日、現地を歩いてみて納得できた。

沢沿い(板沢)にあるせいか荒れ気味の峠道は、やがて作業車くらいなら通れるくらいの道となった。林道に突き当たったところに地形図に記号のない神社があって、御嶽神社とあった。要するに、計画どおりに下っていればこの社に出てきたことになる。今回は行きそびれたがこの稜線も実に興味深い。いずれ行くことになるだろう。

すばらしい好天、しかも実にいい山だったのに参加者が山歩大介さんだけだったのは残念。

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