五里山
    1983(昭和58)年1月29日

冬の最中、金峰山麓の金山は有井館に1泊し、五里山(1673.2㍍)と魔子(1700㍍)に登った。こんな季節、こんな山へ行こうというのは望月達夫さんならではの発案であり、後日、この時のいきさつを山村正光さんに話すと、「一月の金山という発想の若々しさに感銘を受けました」となかなか嬉しいお世辞をいってくれた。



上 まず、五里山に登った。多少のスッタモンダはあったにしろ、まぁ、卒なく山頂にたどりつけば、疎林の彼方に八ヶ岳がよく見えていた。ちなみに「望月さん」と「卒なく」を結び付けて、思わずにやりとなさる方は、日本山岳会のなかでも、もう数少ないに違いない。

中 望月さんは、三角点のある山頂では、必ずその写真を撮っていた。

下 金山では木暮理太郎さんの顕彰碑に詣でた。木暮さんは1873年のお生まれで1945年の没(明治6年~昭和20年)。碑は没後6年目の1951年に日本山岳会、石楠花山岳会、霧の旅会の有志によって建てられた(参照)。最初は、もっと奥に登ったところに作られたが、その後、有井館の裏手わずかの尾根上におろされた(参照)。写真は碑に嵌めこまれたレリーフの木暮像で佐藤久一朗さんの作。私が初めて詣でた時は金峰山や瑞檣山がよく見えていたが、その後、周りの白樺林が育って、眺めは皆無になってしまった。しかし、それはそれで悪くなく、ことに新緑の季節には爽やかな緑に包まれて実に美しいところだ。       
           
(2014.2)

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