笠取つつじ祭り
 1963(昭和38)年6月22〜24日 

1951年夏の奥秩父縦走では、雲取山荘泊の翌日は笠取小屋まで歩いた。この時、初めて田辺正道さんと会い、なんとなく馬が合って、それ以後、たびたび笠取小屋に泊って周辺の山に登るようになった。

正道さんは山育ちにしては、「レンズはテッサーが一番、パイプはダンヒルに限る」などとハイカラなことをいって人を煙に巻いていたが、それは多分、軍隊で覚えてきたに違いない。陸軍に召集され満州に行っていた由。寒いと機関銃の油が凍って動かなくなるのでハッキンカイロを5つも6つも抱かせるのだともいっていた。

笠取小屋から約10分、雁峠上の草原にはつつじが多く、花時には素晴らしかった。そこで毎年6月下旬になると、ファンを集めての「笠取つつじ祭り」が催され、正道さん得意の巻だった。

なお、もう10年以上も前になると思うが、登山者の失火で草原が燃え、つつじもほとんどなくなってしまった。その後、聞くところによるとある程度は回復したそうだが、この目で見たわけではないので保証の限りではない。



上 手前の人物は、いまも奥多摩山岳会で活躍している黒田正雄さん。遠くの山は左に黒金山、右に大きいのが国師岳。

中 昔の笠取小屋は2棟に分かれ、向かって左が正道さんの居城、右が登山者用の大部屋だった。どちらも相当なボロで、行く度につっかい棒が増えていた。つつじ祭りの、その大部屋での会食だが、正道さんの左隣は黒田さんだと思う。

下 レンゲツツジが草原を埋め尽くし、それはそれはの美しさだった。

(2012.9)   

笠取小屋の田辺さんについてはこちらもご覧ください。

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