藤尾山
     1977(昭和52)年5月16日

この年の1月、笠取小屋の田辺正道さんが亡くなった。2、3年前からお腹に癌ができ、手術をしたらドビンほどの出来物が取れた由。その後、一時は小康を得て小屋へもあがっていたが、やはりいけなかったのだ。

私が最初に正道さんに会ったのは1951年の夏、以来、26年の付き合いになるが、57歳で亡くなるとはいかにも早いと悔しかった。

5月、秋山平三君が車を出すからお墓参りにいきましょうと誘ってくれた。彼も正道さんと親しく、一緒に塩山病院に入院中の正道さんを訪ねたこともあった。

そして、この日、二ノ瀬のお寺にたつ墓標に「マサミッチャン、また来たよ」と声をかけたあとは、「まだ早い、お昼前だ。予定通り藤尾山に登って帰ろうよ」。

なお、この後の2006年6月、私はロッジ山旅定例山行に参加して、もう一度藤尾山に登っている。高根町の坂本桂さんも一緒だったが、今はその坂本さんも秋山君と同じ彼岸の人になってしまった。



上 前日の雨もきれいにあがって、なんという好日か。藤尾山から犬切峠へくだる尾根には一部防火線が切ってあり、眺めが開けた。乾徳山から黒金山、国師岳を指差しながら何度か足をとめた。ワラビの収穫も嬉しかった。

中 青梅街道を走る途中、丹波発奥多摩駅行のバスとすれ違った。秋山君の車はクッションが効きすぎて妙な揺れかたをし、家人は気持ちが悪くなった。マサミッチャンのオバサンがいうことには「そんなお大尽の車に乗るからだよ」。

下 正道さんの下の家は一ノ瀬にあり、一時はオバサンが「山の家」という民宿をやっていた。私も何回か泊めてもらったが、いまでは新しく建て直され、藁葺きではなくなっている。 

(2012.10)

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