水ヶ森
     1977(昭和52)年4月3日

例によって例のごとくの中央沿線日帰りの山歩き。このときは塩平から黒平峠、弓張峠、水ヶ森、赤芝、牧平と歩いた。

川崎精雄さん、望月達夫さん、それに奥多摩山岳会時代からの若い友人加藤隆君が同行している。加藤君はひと頃日本山岳会にも入って活躍していたが、その後、山をやめて今は音信不通、「どこでどうしているのやら」の1人だ。

望月さんは山ばかりでなく路傍の石社、石仏の類も丹念に撮っていた。現在、望月さんの残した山のアルバム70余冊がロッジ山旅の棚に収められていて、それを見ると、「卒なし居士」の異名のある人柄がよく分かろうというものである。ロッジへお泊りの方は、ぜひ一度開いてみてください。今はなき日本山岳会のお歴々をはじめ、英国エベレスト登山史上の雄N.E.オデルさんなどにもお目にかかることができる。



上 望月さんが写しているこの石社は『静かなる山』(茗溪堂/1978)の口絵写真にも川崎さんが撮影したものが載っている。「水ヶ森への途中  雑木の尾根の藪こぎに汗をかいた身に、ここはオアシスの感があった。猟師や木樵の憩い場所にふさわしく、谷へ下る踏跡もかすかに見られた。写真を撮っただけで、通過してしまった仲間を、残念に思った」が、その写真に添えられた一文だが、ほかの人たちだって、ここで一休みしていきましたよ。「写真を撮っただけで、通過」だなんて、川崎さんお上手ですねぇ。

中 水ヶ森頂上の明大ワンゲル部の標識。以前は、あちこちの山でこんな無粋な標識が木に打ち付けられていた。「犬が電信柱にオシッコをひっかけていくのと同じ」と、私たちにはすこぶる評判が悪かった。

下 集落道をいく川崎さん。登りだす前の、おそらく塩平での1枚であろう。  

(2012.10)
           
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