地蔵尾根から仙丈ヶ岳 2年前の夏、奈良田から大門沢コースを登り、広河内岳の稜線を越えて大井川東俣で一泊。翌日は新蛇抜沢の左岸尾根から仙塩尾根に上がり、東俣の水源稜線をひとめぐりした。この一泊二日の登山では、初日こそ調子よく歩けたものの、翌日はパートナーの足を引っ張りつづけ、奈良田への長い下山は日暮れとの競争だった。 大きな標高差をものともせず、縦横に山を歩けたのは昔の話で、五十歳代後半を境に私の体力は急速に衰えてしまった。数日にわたる行動ともなると、この手の山登りは私にはもう楽しめない。それでもなお、目一杯歩きたいという願望を充たすには、正味登山は一日で決着をつける計画にならざるをえない。 仙丈ヶ岳地蔵尾根を紹介している数少ないガイドブックのひとつに「登りだけで9時間を要する。<中略>水場はあまりあてにならない。そのうえ森林限界へ出るまでほとんど展望がないとあっては、人気のないのもうなずけよう」とある。この最後の「人気のないのも」というひと言に気を引かれた。とはいえ、地蔵尾根の登路としての歴史は近代登山以前にさかのぼり、尾根末端の台地にひらけた柏木集落のたたずまいにも、営々と培われてきた遥かな年月が思い起こされる。ちなみに、3千メートル峰へ直接登る尾根の上に定住集落があるというのは、このコースだけではないだろうか。 8月の上旬、山仲間Kと伊那里の国道わきに路駐泊。つかの間の路上生活は、宴たけなわに猿も飛び入りするなど野趣に溢れ、病みつきになりそうだ。いやアブナイ! アブナイ! 翌朝、路駐のままでは無用心と、適当な駐車スペースを探しながら柏木への急な車道を走るうち、集落手前の標高1070メートル地点まで不本意ながら登ってしまった。その結果、山頂まで標高差は2000メートルを切ってしまったが、この尾根の名誉(?)にかけていえば、伊那里からの本来の標高差は約2200メートルに達する。 6時過ぎ出発。集落の最上部に道標があり、そこから耕作地を通ってごく自然に山道に導かれる。出だしこそ林道がわずらわしく交錯するが、最後の水場を過ぎた先で林道を離れたあとは一本道である。生い茂る夏草にところどころ踏み跡が隠されかけてはいるが、地形はゆるやかで単純だからコースを外すおそれはない。 登山中はだれにも会うまいと思っていたが、意外なことにふたりのトレラン登山者が行程の前半で私たちを追い越していった。そうなのだ。この尾根は日本一過激な山岳レースTJAR(日本アルプス縦断レース)で南アルプスの出だしの区間になっている。急登が少ないぶん、たしかに走るのに都合のよい地形ではある。百名山ハンターには縁のないコースかもしれないが、今はトレランの挑戦対象として注目を浴び、決して人気がないわけではないのだ。 カラマツの植林に包まれた1983メートルの尾根の背に出てからは、ゆるやかに登ったと思ったら今度は下る、というパターンを繰り返す。地蔵尾根が長いというのは、こんなコース展開にもよるのだろう。片道で約15キロは長いにはちがいないが、一向に本格的な登りとならない苛立たしさもそんな印象を増幅させる。 苔むした樹林の道の足裏感覚を味わいながら、松峰小屋の分岐を行き過ぎる。距離でいえば行程の半ばは過ぎているというのに、標高はやっと2000メートルを越えたばかり。地蔵岳の北面を絡んで再び稜線へ出ると、すぐ先でコース唯一の展望地に出た。 イブキジャコウソウに覆われた展望地 尾根はこの先も相変わらず小さな上下を繰り返していたが、三峰川源頭の鞍部を過ぎた先でとうとう電光形の急登に転じる。やれやれといった感じである。2680メートル付近で森林限界を抜け出すと、あとは一気呵成に登り詰めてカールの縁に上がり、1時20分、ガスに包まれた山頂に立つ。 今朝方の出発から7時間近くもかかってしまった。とくにタイムを意識するつもりはなかったが、このコースの持ち味でもある深い森をさまようような楽しみを味わうには、この程度のペースが私たちにはちょうどよかったのである。 (2009・8・8) 展望地から地藏岳を振り返る その1 伊豆大川から天城山 その2 地蔵尾根から仙丈ヶ岳 その3 七里岩台地から甲斐駒ヶ岳 |