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広河原沢奥壁は、八ヶ岳の主稜線から西へ岬のように張り出した阿弥陀岳の直下に位置している。クライミングと山登りのすみ分けが今ほど明確ではなく、クライマーの活動もまだ国内に止まっていた時代には、この岩場もそれなりに存在感をもっていた。しかし今は、アイスクライミングのゲレンデとして知られる以外は、かえりみられることもない。この峰頭に刻まれたルンゼや小さな壁は、前世紀のママリーの末裔たちが理想を求めて彷徨った夢の跡だったのか…。
ともあれ、背後に諏訪盆地の大空間の広がりを感じながら、夕陽を浴びて赤々と染め上げられた岩壁を登る若き日の私たちは夢と希望にあふれていた。パートナーはこの登攀を終えたのち、ひとつの企みをもっていた。それが頂上で着の身着のままのビバークにチャレンジすること。私はビバークすることは事前に知ってはいたが、それがどれだけ厳しい一夜になるのかは実のところ分かっていなかった。ツエルトを被りザックに足を突っ込んだ当初、疲労感にしばしまどろんだのも束の間、たちまち現実を思い知ることになった。八ヶ岳の主稜線を越えて届けられる曙光のひと差し。それがどれだけ待ち遠しく、そして暖かかったことか。
ここでいうTPOとは、時と場所、そしてその場にふさわしい装備という程度の意味合いである。ミニマリズム、ミニマリストといった言葉は当時まだ知られていなかったが、装備が貧弱なほど登山は充実するものと信じて疑わなかったあの頃。
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