野生 北の山
 
羅臼岳から硫黄山への縦走を終えて知床の野営場でひと息つく。ここはシカたちの安住の地、保護区の識別は分からなくとも、キャンプ場へ銃を持ち込む人間のいないことは彼等もよく知っている。(2004年8月上旬)

北海道の山の魅力は北方の自然景観と野性味だろう。とくに後者はヒグマがいるという一点に尽きる。私が北海道の山にオクテだった決定的な理由は、化石燃料の無駄使い(海外渡航に準じる)というだけではなく、じつはヒグマが怖かったからだ。ヒグマの恐ろしさは苫前三毛別事件(大正期、8人死亡)にもよるが、とりわけ1970年に起きた福岡大生の遭難は、山の駆け出し時代の私には衝撃的だった。カムイエクウチカウシ山で同大のワンゲル部員5人が同じヒグマに襲われ、3人の命が奪われた。ヒグマに出遭うかもしれない恐怖、それは私の北の山の野性味への憧れの裏返しでもある。

年月が経ち、このブログの「野生の日高」にもあるように、日高の縦走二晩目の私たちの野営地は札内川九ノ沢カールだった。小規模なカールで、その底は平坦ではなくテントはやや傾いてしまったが、少し降りるとせせらぎもあり、明るく開けた快適な幕営地だった。ここが福岡大生たちの惨劇の始まりの地とはとても思えなかった。とはいえ月光に浮かび上がるカールの夜の光景は日中とは全くちがった。月の光に照らされたモレインのひとつひとつが今にも動くように私には見えた。

北海道の山では、夜のキジウチはいつも何かに見られているようで落ち着かない。そんな思いを最初にしたのは表大雪・大沼の幕営地でのこと。ハイマツに囲まれた広い沼の畔の小さなひと張りのテントがどれだけ心細く感じられたことか。次の日の幕営地は東大雪のブヨ沼だったが、テントの周りを何かが歩きまわる音と地響きがひと晩中絶えず、寝るどころではなかった。夜が明けてみればあの騒ぎはいったい何だったのか痕跡もない。キツネにつままれたような忘れられない一夜だった。そんな夜と闇が醸し出す濃密な非日常感は、大人数パーティーの中では絶対に味わえない、北の山ならではの醍醐味かもしれない。


    八ヶ岳真教寺尾根の扇山付近の美しいシラビソ林で。(2006年8月上旬)


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