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樫山山地彷徨(瑞牆山)
今年の春、小森川右岸尾根の帰り道に樫山からの車道を下っているとき、半ば落葉に埋もれた道標を見つけて以来、がぜん道の北側の山域に興味が湧いた。旧増富村の知られざる山にはかなり入ったが、どういうわけか樫山と日向の間にある山域は手付かずのままだったのである。
道標を調べたところ、増富温泉の津金楼の創業者が建てたものだとわかった。塩川から増富温泉への道が拓かれる前は、この道が温泉への主要道だったのである。
新緑がきれいなうちにと、この道をペンタコさんとふたりで探って、ついでに、道の周囲にある3つのピークを樫山三山と名付け、そのすべてに登ってきた。これがなかなか興味深い山域で、また行かなきゃなあと思っているうちに暑くなって秋の宿題となった。
木曜山行の参加者がないのに天気はいいので、ひとりでちょっと歩いてくることにした。かつてはヒマがあればせっせとひとりで山歩きに出かけたものだが、ここ数年はさっぱりで、体力の衰えとともに山への意欲が薄れているのは明らかである。しかし、そんなことを言っていたらますます脚力も失なわれるばかりなので、たまには自分の尻をたたいて出かけなければならない。
もう少しは涼しいかと思っていたら、1000m前後の山ではまだ暑かった。縦横に通じるケモノ道を拾って歩くと、たまに人の道らしきものに出くわす。石祠のひとつもあればいいなあと思いながら登ったが、古い炭焼き窯があったくらいだった。
前回、途中で消えてしまった昔の道をもう一度探ってみようと出かけたのだったが、上部ではよく残っているものの、下部では廃道であった。この道を多くの人が歩いて増富温泉に向かったのだと思うと感慨深い。11月の木曜山行の計画で予定通りに出かけたなら、おそらくもう晩秋の風情であろう。
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八千穂高原散策(松原湖)
八千穂高原には四季を通じて出かけている。ことに山菜の時季に出かけるのは、もう5年以上の恒例になっている。
数年前、秋といっても9月に2年連続で出かけたことがあって、それはおとみ山が9月生まれで、ではささやかに山の中でお祝いしようじゃないですかという理由だった。
以前はそこそこの山へ登ってお祝いしていたのが、ワインの一杯も飲みましょうというとき、さすがにそれでは危ないでしょうという年齢におとみ山も我々もなったから、安全第一というならこれほど最適なコースはない。
そのおとみ山も彼岸の人になり、別に9月にこだわることもなくなった。どなると、やはり1500mの高原でも9月ではまだ秋というには早い。それで今年はひと月近く遅くした日に計画したら、たわらさんが手を挙げてくれた。
おとみ山のお祝いをしたのは数年前のことだが、たわらさんも一緒で、まったく同じコースを歩いたというのに、幸いにも?ほぼ記憶にないという。おとみ山も、2度目にここでお祝いしたとき、前の年にまったく同じ場所でしたことなんてすっかり忘れていたのだから、要するに危険な年ごろである。
ひと月ずらして秋らしくなっているかと思いきや、なにせ今年の気候である。山の色は9月に歩いたときと変わらなかった。それだけに、出始めの最上級のジコボウが道端にいくつも見つかって、夜はキノコ鍋パーティとあいなったのである。
それにしても、道はしっかり整備され、立派なあづまやも点々とあって休憩所にも事欠かず、しかも世にも美しい林の中を歩けるというのに、3時間歩くあいだに誰ひとりとも出会わないのだからどうなっているんでしょうね。
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またまた八千穂高原散策(松原湖)
大阪からのご常連の方々は3泊してロッジ周辺の山を歩くつもりで、メインは2日目の茅ヶ岳だった。予報があまり良くなかった3日間でも、茅ヶ岳の日だけはまずまずで、展望は今一つとはいうものの、雨に降られることもなく目的を果たした。
そして今日、木曜山行の計画に参加する予定だったが、何しろ雨の予報で、そのとおり、もう朝には降っていた。さてどうしましょう、傘をさしても歩けるような山道といったら選択肢は狭い。ここはあづまや完備の八千穂高原かと、先週に引き続いて出かけることにした。関西からの人にとっては白樺だけでも新鮮であろう。
雨に濡れた白樺林の遊歩道を傘をさして歩くのも悪くなかろうと思って出かけたら、あら不思議、野辺山を過ぎるころから、雨はあがって青空さえ覗いている。
雨の予報のせいだろう、八千穂レイクにひとりの釣り人もいないのも珍しい。黄葉も一週間でぐっと進んで盛りに近い。晴れていても誰も歩いていない歩道には雨の予報で歩いている人がいるはずもなく、まったくの貸切で、しかも先週に引き続いてキノコの収穫もあって、これは夕餉のご馳走になった。 |