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要害山(甲府北部)
新年最初の木曜山行は、マイナーな神社と山を探して、山中で新年会をするのがならわしになっていたが、それも数年前で途切れてしまった。ま、こういう催しは、ある程度の人数がいないと気勢が上がらないので、昨今のごく低調な情勢としてはしかたがない。
新年会とはいかないものの、裏のご隠居さんが手を挙げてくれたので新年山行をすることにした。寒気のひどい今年としては、あまり寒くなさそうな山にしくはないと、要害山を思いついた。
要害山は、調べてみたら10年以上もご無沙汰というので、ならば久闊を叙すのも悪くない。それとセットで、県を代表する武田神社に初詣するのもよかろうと思ったからでもある。この行程は、武田三代に関心があれば、なお情趣深いコースであろう。
久しぶりの要害山は、小広く整地された頂上に、細い竹がはびこっていて、東郷平八郎の石碑がなかば埋もれていた。つい先年、信玄生誕500年と騒いでいたというのに、要害山がこれでは困ったものである。
盆地を睥睨する位置にあり、南側の山の鞍部にはうまい具合に富士がはめこまれ、北側にはぐるりと難攻不落の城塞のような山に取り囲まれ、しかも要害山も、道がなければ容易には登れないような急峻な山である。昔の人はうまいところを見つけるものだと感心させられる。
下山後には、まだ新年のにぎわいが少しは残った武田神社に参拝し、今年最初の山歩きを終えた。
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永明寺山(南大塩)
茅野市と諏訪市にまたがる山域は何度となく分け入ったが、永明寺山の南側を歩いたことはなかった。
1年くらい前、茅野市の車道で信号待ちをしているとき、山へと入っていく小径があるのを見て、帰って地図で調べ、永明寺山の南側にはおそろしく多くの遊歩道が整備されているのを知った。古くからある径を踏襲しているのだろう、地元の人以外に歩く人はまずあるまい。
去年の9月、大汗をかいてその1部を歩いてみて、夏は暑すぎるとしても、それ以外の季節の山歩きに良さそうだと思っていたのが、裏のご隠居さんから声がかかったので、さっそく出かけることにしたのだった。
前回と同じではつまらないので、茅野市で整備した歩道を最も長く歩くコースを設定した。すなわち、鬼場城から永明寺山を越えて上原城へ下る、歴史散歩といってもいいコースである。これらも武田氏がらみの城址なので、先々週の要害山に引き続き、ご隠居さんとの歴史山歩となったのである。
車を置いて完全な周回ができるのがいいところで、それでいて、舗装路を歩く部分がほとんどない。これは、ビーナスラインに並行して遊歩道が通じているからで、この径が、そもそも鬼場城と上原城を結ぶ径ではなかったかと思った。
永明寺山からの下りで立ち寄った上原城が今回のハイライトだった。三の郭に建つ金毘羅神社の裏手にある物見石という岩がすごかった。茅野のエアーズロックである。鬼場城にしろ上原城にしろ、城というものは理屈で建てられているんだなあといつも感心する。これすなわち城巡りの醍醐味なのだろう。
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音事協の森から饅頭峠へ(茅ヶ岳)
2度目の参加となる地元のMさんが、近場で気軽にトレーニングできるような山がいいとの要望である。そんな目的で飯盛山へはよく出かけてはいるが、冬場は道が凍るので車で走るのが嫌だという。
ならば、茅ヶ岳の裾野歩きはどうだろうと提案して出かけることにした。それに、名古屋のNさんと森ノブタさんが加わって、久しぶりににぎやかになった。
Mさんにあとで聞けば、人がふつうに歩いているところがよかったらしいが、こちらにそういった志向がないからあいにくではあった。高尾山が近かったらよかったのにと思う。
人はいなくとも、音事協の森から饅頭峠へのルートには、道標もあるし、径はいいしと、条件はまずまずのはずだった。しかし、久しぶりに行ってみたら、伐採で景色が変わっていたし、そのための林道が縦横に新設されて、ところどころに残っている道標も、すでに用をなさなくなっていた。
私にとっては問題ないにしろ、これでは迷う人は迷う、あまり気軽でもないなあと思った。
それはともかく、冬の厳しい寒さの中でも、風のあたらない陽だまりもふんだんにあるのが茅ヶ岳のいいところである。のんきに数時間の山歩きを楽しんだ。
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中山(長坂上条)
愛知のRさんは、なんと15年ぶりのご来館である。もう20年も前、まだ木曜山行が始まって間もないころに数回ご一緒もしていて、私の担当した『山梨県の山』などのガイドブックにはいまだにモデルとして登場してもらっている。
当時20台半ばだったのが、その後結婚やら子育てやらで、山梨くんだりまで山歩きに来るような余裕はなかったということであろう。
天気が危ぶまれたが、かなりの雨脚も夜明けにはやんで、天気は一気に回復するらしい。それにしても、この寒い冬だというのに、しかも夜に雨になるとはめずらしい。
どこか近場でいい山はないだろうかと思案、天気が回復するなら中山がよかろうと思った。ここのところ、中山は台ケ原から歩くことばかりで、武川側から久しく歩いたことがなかった。そこで、自分の興味もあって萬休院の奥へと入っていったら、これが浦島太郎、しばらく行かない間に大造成がされていて、まだ多くの重機が動いていた。かつてあった道もすっかりなくなっていて、造成後にはまた復活するのかもしれないが、初めての人だったら登山道に行きつくまでにとまどうだろう。農地として使われるにしても、おそらく近代的なハウス農場ではないだろうか。
風の強い日だったが、それだけに、まだまとわりついていた雪雲が次々に吹き飛ばされて、新雪で真っ白になった峰々が次々にお出ましになったのは上出来で、絶好の中山日和となった。 |