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中山(長坂上条)
水曜日にはシトシトと一日中降っていた氷雨が当然ながら高い山では雪だったのだろう、明けて快晴の朝、甲斐駒が白くなっていた。富士山も、やっとそれらしくなった。甲斐駒は初冠雪だったという。
開店休業のような状態の木曜山行も、この日は4人もの参加者があり、そのうちの2人は2回目、残りの2人は初めてというのだから、これは再興のきざしかと思いつつも、なにせ主催者側がだらしなくて、もう、かつてのような山行はできなくなっている。
それで、近くて軽い山をと、まだ黄葉が残っていそうな中山を選んだのだったが、地元のふたりはすでに登っていると直前に聞かされた。なら他の山にすればよかったかと思ったものの、こちらがたどるマニア向けのルートを歩いたわけでもあるまいから、ま、いいかとした。
この時季、落葉で道がきれいだし柔らかいのは何よりである。先着のふたりが下ったあとは、誰もいない頂上となって、その後は誰も登ってこなかった。四囲の山は、富士山をのぞいては、頂上にわずかながら雲がかかっていたが、長く過ごすうちには全部取れ、無風快晴の中山からの展望を堪能した。
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片山(甲府北部)
公園の山なんてとバカにして、行ったことのなかった片山を始めて歩いてみたのはもう10年前のことで、自らの不明を知ったのだった。街に隣接してこれだけ樹林のきれいな山は滅多にあるものではない。しかも展望も抜群ときている。甲府市の宝だと思う。
それからいったい何度歩いたことか。ことに西の平と呼ばれる、片山の西の端に植えられたカエデが見事だと知ってからは、この時季に訪れるのが恒例になっている。
例年より紅葉の盛りが1週間ほどずれている今年、そのとおりに出かけることにしたが、手を挙げてくれたのは、足の不調がやっと回復して久しぶりの参加となったたわらさんだけだった。しかし、そんなリハビリ山歩きには、またこの山がもってこいで、なにせ無数の歩道を組み合わせたら歩程はよりどりみどりである。
時期さえはずさなければ、カエデという木は裏切らない。今年もまさしく絢爛の中を歩くことができたのだった。
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猿投山(猿投山)
すがぬまさんの「奥三河・神野山」おとみ山の「恵那・笠置山」と催行してきた「エピソードのある山旅」、がむしゃらに登る時期を過ぎた木曜山行の新機軸としては我ながら上出来の企画で、さて今年もと考えているうちに年の瀬が近づいてきてしまった。
そこで、人のエピソードでと考えているよりは、手っ取り早く自分と名古屋とのNさんのエピソードのある猿投山を思いついた。
なにせ、名古屋のNさんと高校時代に初めて一緒に登った山だし、しかもNさんはこの山の麓にある瀬戸窯業高校(現・瀬戸工科高校)の教師として12年勤めたというし、また、この山はやまんばさんがこれまでもっとも多く登った山だというのである。これ以上のエピソードがあろうか。
そして、エピソードのある3人にあと3人を加えた6人が、猿投山そして瀬戸の街へと繰り出したのだった。
いまや、東京でいえば高尾山にあたる賑わいだという猿投山も、さすがに師走で、しかも西側からの、どちらかというとマイナーなルートからでは、ほんの数人の人影しか見なかった。雲の多い寒々しい日で、山々の遠望はなかったが、とおく名古屋駅付近の高層ビル群も眺められて、名古屋の人に人気なのもわかるように思った。
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瀬戸市街の高級蕎麦屋で敵は本能寺を楽しんだ翌朝は快晴に明けた。ホテルの窓からは近くに猿投山が見えた。
ホテルからほど近い高台に建つ瀬戸工科高校へ、通学途中の生徒にまじって我々も登校した。今時の学校では部外者は不審者なので、事務員らにいぶかしがられもしたが、私にとっても高校の校舎になんて入るのはそれこそ卒業以来のことで、なにか時代がさかのぼったような気がしたし、そこで長年勤めたNさんにとっては懐かしさもひとしおだったことだろう。
次は、瀬戸蔵ミュージアム。これは圧巻の展示で、実にすばらしいと思った。ぜひおすすめする。瀬戸物を物色しつつ街を歩いたのちは、古い街並みの残る洞町に移動し、窯業で使った廃材を利用して石垣が組まれたという「窯垣の小径」を歩いた。
そして、猿投山に登ったからには参っていこうと猿投神社に参拝し、最後には、多治見市の岐阜県現代陶芸美術館を訪ねたが、あまりにも豪勢な施設に圧倒されて、お腹いっぱいになり、もう入場料を払ってまで中身を見るのはやめましょうと意見が一致した。
ともあれ、充実の2日間であった。
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赤海岸寺~源太ヶ城山(谷戸)
7月の北八ッ彷徨以来となるモリノブタさんが参加してくれるというので、知られざる地元の山を歩いてみようと思った。
ちょうど1年前、海岸寺山と源太ヶ城山を歩いた。体力的に楽で、歴史的な興味も湧き、もちろん誰と出会うこともない山である。このコース取りを我ながら気に入った。身近に見ている山でも、モリノブタさんにとっては初めてであろう。
海岸寺(浅川)峠への車道が新しくなっていくにつれ、参道の石段は分断され、今は登らずとも参拝できる。前回は、旧車道からの石段を登ったが、さらにその下にも石段が残っていて、これがおそそらくもっとも古いものかと思う。
その証拠には、石段の始まりの両側には、いったい樹齢何年だろうかという、おそらくツガだと思われる巨木が立っている。天然記念物級のこれらを観るだけでも価値があると思うが、すぐ横を車道で通過してしまう今では顧みる人もいない。
うっすらと雪が積もった、人っ子ひとりいない海岸寺。鹿道を拾ってその裏山の海岸寺山に着くと小さな石祠がある。源太ヶ城山への林道は、もう久しく車が通らなくなって、落葉でふかふかになっている。
山の北側を歩くときには雲間に真っ白になった赤岳が見える。厳しい寒さで、そそくさと源太ヶ城山のふたつのコブを縦走し、打って変わって暖かいひだまりの林道で富士山を見ながら昼休みとした。 |