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車山(肩から諏訪隠へ)(霧ヶ峰)
久しぶりに名古屋のNさんが参加、山歩きをしてそのまま帰名するというので、季節的にも位置的にもどうしたって中信高原のどこかへとなる。
車が2台あるので、うまく活用できるルートを考えた。ありとあらゆる選択肢があるなかで、結局、車山に登ることにしたのは、どうやら天気もまずまずのようなので、霧ヶ峰第一の展望を楽しむことにしたのである。登りはごく簡単に肩からとしたが、下りは一般道から分水嶺の稜線に入り、諏訪隠しを経ることにしたのが、少々工夫したところだった。
Nさんにとっては、若き高校教師のとき、林間学校で生徒を引率して以来の車山だとか。中信高原界隈はNさんともさんざん歩いたけれども、いかにも観光地の車山を木曜山行としては敬遠していたのだった。
登山道や頂上では、大勢の中学生と遭遇もしたが、それでも広い頂上ではさほど気にならない。雲は多めとはいうものの、遠く北アルプスも望め、登ってきた甲斐はあった。立派な椅子が新調された広いテラスでひとしきり南側の風景を楽しんだあと、北側にもあるテラスで長く休んだ。
今年は、レンゲツツジがわりと当たり年に感じる。白樺湖の上あたりでは今や盛りだった。これからの1週間くらいで、もっと上のほうまで花盛りとなるのではないだろうか。
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砥沢ヶ原(鉢伏山)
ひと月ぶりの木曜山行である。酷暑の名古屋を脱出してきたやまんばさんの誘いにすがぬまさんが乗って、偶然にも都合がついた中村好至恵さんと、これも久しぶりの裏のご隠居さんが加わった。
画家がふたりいるなら、もう、ゆっくりのんびりのスケッチ山行である。なにしろ暑いとの予報だから、涼しくて眺めのよいところはないかと考えて、去年の秋口に初めて行った砥沢ヶ原を思いついた。そのとき一緒だったおとみ山がこの世にいないのには無常を感じる。
人の道の通じる三峰山への主稜線からわずかに逸れたら鹿の領域である。警戒の鹿声が響いて、群れが移動するのが見えた。
ひとしきり急に下ったのち、なかなか雰囲気のいい樹林の尾根をたどる。小さなピークを越えてたどり着いた砥沢ヶ原では、去年と同じく風が吹いていた。ただし、まさしく夏の高原の涼風で、長居ができなかった去年の秋の風とはまるで違う。ここは風の通り道にあたるので、樹林が育たないのだろう。風のおかげで涼しいけれども肌がじりじりと灼けるのがわかる。
昼休みを兼ねたスケッチタイム、画家のおふたりが絵を描き上げるあいだには、雲に隠れていた槍ヶ岳の穂先が現れた。槍穂の峰峰が真っ白いときにでも来たらまた見事だろう。
一時間あまりを砥沢ヶ原で過ごしたのち、ふたたび主稜線に戻ると、全山緑に覆われた三峰山の姿がいよいよ美しいし、午前中には雲に隠れていた八ヶ岳も姿を現してもいたので、またまたスケッチタイムとなった。
そのころには、山から下ったらそれぞれ地元の都会へ帰るつもりだったやまんばさんや中村さんは、帰る気が失せ、もう一泊することになった。さもありなん、よほどの用がなければ、この高原から一気に、とんでもない暑さになっている都会に帰ることもあるまい。
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北八ッ彷徨(蓼科)
夏の日本アルプスの写真なんかを見ると、世にもさわやかに見えるけれども、日よけの下でじっと座っているわけでなし、行動すれば、じりじりと夏の日差しが容赦なくて暑い。
納涼山歩きは標高の高い樹林帯に限る。というわけで、猛暑の夏に毎度お世話になるのが麦草峠付近である。なにせ車から降り立ったところがすでに2000mだというのだから実に手軽である。それだけに人気の観光地なので、歩くにも工夫がいる。
表通りをちょっとはずして裏通りに入れば、誰もいなくなるのは街も山も一緒で、そんな裏通りの山「冷山」なんて名前からして納涼だと、何度も繰り出した。道がないから、登るたびに違うところを歩くので面白い。でも今回は、もっと軽く歩けるところをと考えて、数年前に歩いた麦草峠越えを3分の1くらいの行程に縮小して周回コースを設定した。
自分の興味で未踏の部分を取り入れたが、行く手にコメツガの幼木が密集しているのを見てあっさりと撤退、かつて歩いたことのあるシラビソの森に再び入ることにした。
ちょうどその森の中で昼時となったので昼食の大休止とした。ところが、再び歩き出したときに、前にも来たところだと磁石も見なかったのは油断大敵、森から飛び出したところがなんと森に入ったところだったのにはびっくり。知らぬうちに森の中を弧を描いて歩いたことになる。気を取り直して、再び森に入り、あとは順調に予定のルートをこなした。
空には黒い雲があったが、なんとか降られずに済むかと思っていたら、森の中が突然シーンとして、つまり、鳥の鳴き声がまったくしなくなった。おや、これは何の前触れかと思ってまもなく雷鳴がとどろき、驟雨となった。
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冷山・黒耀石彷徨(蓼科)
名古屋のNさんと、山の絵描きさんが下界の猛暑から脱出してくるという。これは何が何でも納涼しなければならぬ。前回、北八ッを徘徊したとき、冷山のことも掲示板に書いた。それで、おのずと冷山の黒耀石の大露頭が思い出されたのである。
名古屋のNさんとは冷山に登ったことがあるが、その山腹にある黒耀石の大露頭には行っていない。あれは観る価値があるし、静寂の苔の森は納涼にぴったりである。
去年、初めて大露頭を訪れたが、同じルートでは面白くないので、今回は、この大露頭探索を記録した『八ヶ岳の三万年 ー黒曜石を追ってー 』(小泉袈裟勝著・法政大学出版局)という、1987年に出版された本での探査行のルートをなぞってみることにした。
この本は、15年あまりに及ぶ、麦草峠近辺や冷山での黒耀石探査行の記録である。1978年、冷山の露頭を発見するまで、なんと4年もの歳月がかかっているのである。しかし、すでに50年近くも前のことである。森の様相もすっかり変わっていることだろう。
事情で、今回は山歩きはしないでスケッチをしているという山の絵描きさんに車の配置を手伝ってもらい、Nさんと私は山に入った。
人のものともケモノのものとも思える道を拾いながら登って行った。途中、作業道だったらしき痕跡をたどったりもするが、全行程の9割は苔の上を歩いていたように思う。
1度行ったところだから2度目はさほどの苦労はなかった。たどり着いた大露頭そのものは黒耀石の塊という感じはしないが、ところどころにガラス質が露出してギラギラと黒光りしている。
この上なく静かな森の中で長く休んだのち、苔の絨毯を踏み抜かないように注意しながら、デポしてあったNさんの車へと歩いた。
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