三城~百曲り~茶臼山~扉峠(山辺

茶臼山に三城側から登るのは、調べたらどうやら7回目になるらしい。それだけ気に入ったというわけだろうが、出かける大きな理由は避暑だから、どうしても梅雨時から夏にかけての計画となって、あまり天気には恵まれなかった。今度の計画は久しぶりだなあと数えてみたら7年ぶりで、悪天中止にしたこともあったから間があいたのだろう。

7年の間には、いつもの出発点だった長野県民の森が閉鎖されていた。路肩に無理やり車を停めて、かつては車が入れた県民の森への林道を歩いていったが、茶臼山の西尾根から県民の森へと通じていた歩道の道標はことごとくなくなっており、ここを起点に茶臼山を周回するルートはかつては子供たちの遠足コースだったのが、今や一般的ではなくなったのかもしれない。

三城からの径が合流すると、百曲りの登りが始まる。尾崎喜八の有名な詩の一節「世界の天井が抜けた」まで、一定の傾斜をひたすらジグザクを切って登るだけである。登り切った山上に広大な平地があるのは、それを当たり前に思っている我々にはさほどの感銘はないが、何も知らずにここに連れてこられたらやはり驚くべき光景であろう。

牛に混じって放牧場を歩いて茶臼山へ向かう。好天はうれしいが強烈な陽ざしには参る。ちょうど昼になった茶臼山でも展望を楽しむよりは日陰を求めて木陰で過ごした。

私にとっては初めての扉峠への稜線だった。なるほどこれはすばらしいと思った。遠望のきく日であればこれだけ眺めのよい下山路は滅多にないと思われる。背後にせりあがっていく茶臼山の形もよい。登るよりは下りの方向がすぐれていると思った。

公共交通がほとんど利用できない現状では茶臼山の縦走は車を2台配置する以外にないだろう。それだけに静寂なコースとは言え、昨日も牧場内の歩道以外で人に会うこともなかった。

これまででもっとも好天だったのは幸いだったが、2000m近い場所にいながらとにかく暑かった。今年一番汗をかいた。

北横岳から亀甲池(蓼科山)

6月半ばから9月半ばくらいまでの木曜山行の主目的は避暑である。文明の利器を活用してなるたけ高いところまで登っておかねばならない。ことに今年のような猛暑の7月であればなおさらで、これだけ暑いとは予想していなかったものの、ロープウエイでの北横岳はタイムリーな計画ではあった。

ロープウエイが登るにつれて頭上には夏の青空が拡がった。夏雲の切れ間にアルプスの峰がわずかに見える。北横岳の山頂ではなんとも涼しい風が吹いており、背中の汗もさっと乾いた。時間が早いので、昼休みは亀甲池ですることにし、北八ツ特有の悪路を降った。

北横岳から亀甲池に降る人は他になかった。急下降の末やっと池畔に近づくと、池巡りをしているのだろう人たちの声が聞こえてきた。少々藪を漕いで休憩に最適な浜を見つけて腰を据えた。対岸にいた数人がやがて去って、我々しかいない亀甲池になった。

今まで訪れたなかではもっともたっぷりと水をたたえた亀甲池だった。2000mの高地だからなんとも快適で、酷暑の名古屋から参加したNさんにとっては天国のようであったろう。私とてもう動くのは嫌になった。それだけにただでさえ長い竜源橋までの下降がさらに長く感じられた。

白駒池~高見石~地獄谷(蓼科)

木曜山行の基本方針は避衆だから、白駒池、高見石なんていうところは通過することはあっても目的地になることはないが、今夏のような猛暑では避暑のためなら避衆ばかりを言ってはおられない。

とにかく標高の高いところへとまず到着したのは白駒池の駐車場だった。すでに昨今山で見たことのないような群衆である。バス数台分の高校生が今まさに出発しようとしていたので、先に行かなきゃとあわてて出発、彼らはまず白駒池に行くだろうからと白駒池はカットして高見石への径に入ると静かになった。

それにしても苔の森は乾き切っていてまったくしっとりした感じがない。台風には困るといっても週末の雨は恵みになるだろう。

高見石ではまた別の学生団体がいたが、ちょうど彼らと入れ替わりになったので岩の上は静かだった。この岩の上に登るのは30年ぶりである。我が木曜山行に20代女性が3人も参加することになって、安曇野から来る彼女らとここで合流することになっていた。

と書こうと思ったが、どう考えてもウソっぽいのでやめた。たまたま岩の上で憩っていた、うら若き女性3人にモデルになってもらったのである。そのあと異世代間交流した。彼女らは我々が若者の生気を吸い取って養分にする技を持っているとは知らなかったのはお気の毒だった。おそらく帰ってから原因不明の疲労を感じたに違いないがそのせいです。

丸山から麦草峠に降る間に100人以上とすれ違ったのには閉口した。しかし最終目的地の地獄谷にはさすがに誰もおらず、その涼しさといい、まるで天国のような地獄で長く昼休みをした。

木曜山行前期最後ということで下山後小宴を張り、前半の無事を祝し、後半の無事を祈った。
冷山(蓼科)

例年8月は木曜山行の計画はないが、幸か不幸か今週は木曜日に予定がないので、こう暑くてはまた納涼山行でもしますかとなった。

行くのは先週に引き続き麦草峠周辺である。これは、車で2000mに達することができるのがここしかないという理由からである。先週の乾いた苔の森も、台風の雨で多少は潤ったことだろう。

目的地に選んだのは冷山(れいさん、つめたやま、など呼称は一定していない)である。麦草峠近辺には何十回と来ているのに今まで訪れたことのなかった山で、前々から気にはなっていたのだが、納涼にはなんともぴったりの名前に、ならばこの山にしようと思ったのである。先週は人の多さに閉口したが、この山ではまず人に出逢うこともあるまい、そして誰にも逢わなかった。

もうひとつ、この山麓に巨大な黒曜石の露頭があるのも前々から聞いていた。麦草峠から往復するだけなら芸がないので、どうせならそれも見学してみようとコースを設定した。

問題はその露頭の位置が正確にはわからないことだった。要するに人があまり入って荒らされるのは困るから、行った人もネットなどには公表していないからなので、それはそれで見上げた方針である。私だってそんなことは知っていても書きはしない。知っている人に聞けば簡単なことだが、そうまでして行ってみたいわけでもないので、ネット上に出ている情報だけで類推した位置をもとにコース設定してみたのだった。もっとも、その位置情報がそもそも目くらましだという説もあるらしい。

朝の麦草峠の駐車場はすでに満杯で、停まりきれない車があふれ出していた。こんな状態では麦草峠からの出発としなくてよかった。平日でもこうなら、この国道もそろそろマイカー規制をする時期になっているのかもしれないと思う。

さて、自分なりに類推した黒曜石露頭のある位置までは達したつもりではあったが、どうやらそのあたりではなかったらしい。おそらくは位置情報がおかしいのだと思う。しばらく森の中を探してみたが結局見つからず、文字通り路頭に迷ったのだった。

まあ、それはそれでよい。目的は冷山に登ることである。この山腹が笹の密藪でもあったら無理かと思っていたが、幸い、実にしっとりした苔の森であった。こんな方向からこの山に登った人は滅多にあるまい。柔らかい苔をたまには踏み抜きながら鹿道を適当にたどって登って行った。人の踏跡は一切ないから、エキスパート向きではあろう。残置されたワイヤーロープが途中にあったから、ここも一度は皆伐され、その後、これだけの森と苔が育ったのであろう。

途中、露頭探しに時間を費やしながら2時間半かかって冷山に到着した。どこかの好き者が山名板を木にくくりつけてあった。おそらく八ヶ岳で地形図に名前が載っている山の中では、美濃戸中山とともに、もっとも人の訪れの少ない山頂であろう。たまたまではあったが、冷山に登ったなあといえるルートだと思った。もう少し森がしっとりしたときに、苔女子でも連れてくれば大感激することだろう。

2200mもの頂上で昼休みをしたが、この高さでもことさらに涼しいというわけでもない。下界の暑さが想像された。

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