ぎしぎし・ふゆいちご
 
 
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ぎしぎし(羊蹄)は冬も枯れないで、道端や川岸、流れの中、また土堤などに緑を添えている。

葉は肉厚でいくらかつやがあり、その中央に白っぽい条がある。この2枚の葉を裏どおし重ね合わせてもむとギシギシというので、その名がついたとなにかの本で読んだ覚えがあるが、いま、その書名を思い出せないでいる。

夏にかけて生長すると1m近くになるものもあり、中心の茎と葉のつけ根の間から、つぎつぎ新芽が出て枝になり、夏には長い花穂を立てて緑色の小花を多数つける。新芽は半透明の膜のような鞘を被って、角のような形をしている。

食べるのは、この新芽であり、まず、鞘を破らないように芽の根元から切り取る。丈夫で手ではちぎれないので、刃物が必要だ。

鞘を除いたあとは、塩を落とした沸騰湯にくぐらせる程度に茹でてから冷水にさらし、よく絞って適宜に切る。汁の実、酢みそ和え、刻んだ青じそとの、だしじょうゆ和えなどにすると、おいしく食べられる。

ぎしぎしの鞘の中にはぬるぬるした粘液があって、そのためおかじゅんさいとも称ばれる。

 
 
ふゆいちご(冬苺)は、その名のとおり冬に実が熟す。

比較的暖かい房総や伊豆の山でよく見かけるが、奥武蔵の山にも多く見られる。蔓性の常緑低木だが、低く這い広がっているので、ちょっと木には見えない。濃い緑の葉とルビーのような小さな実が、黄色に枯れた草原や黒っぽい地面を美しく彩っている。

先日、奥武蔵を歩いたおりに、そんな群落を見つけたので同行の人たちに少し待ってもらい、カップに半分ほど実粒を集めることができた。直径3mmほどの粒が5〜10個ほど集まって1つの実を形づくっているのだが、完熟した実はパラパラ落ちるので、ほんの3粒ほどしか残っていないものもある。

枯れた蔓や萼なども一緒についてくるので集めるのに手間がかかったが、貴重な冬の自然の贈り物をいただいたといえるだろう。

家に帰って、ゴミを除き、きれいに洗って琺瑯のミルクパンに入れ、砂糖を加えて石油ストーブの上にのせておいたら、透明感のあるきれいな赤いジャムができた。

『くさぐさの花』(朝日新聞社)に「冬苺われにいくばくの歳のこる」という水原秋桜子の句が紹介されていて、「来し方の紅が行く末の寒風にどこまで耐えられるのか、苺と一期を掛詞にした凝視に凄みさえ感じられる」というのは、その本の著者高橋治の解説である。