56.赤城山・1
     1988(昭和63)年4月10日

前日の東京は暖かい春の雨だが、山では雪だった。この日、大沼湖畔のバス終点、赤城大洞におりれば、あたり一面雪だらけ。それもちっとやそっとの量ではない。今日の目的は赤城の最高峰黒桧山1828㍍なのだが、これは並大抵ではないと脅かす雪の着き方だった。

登山口までの湖畔の道も、まだ誰も踏んではいなくて膝下までのラッセル。山に取り付けば三歩前進二歩後退の雪まみれになったが、かれこれ30分ももがいていると、これぞ天の助け、若くて強そうな単独行氏が追いつき、先頭を変わってくれた。

「うん、このぶんならなんとか登れそう」と一安心。それでも登山口から2時間余り、大汗をかきながら登っていかなくてはならなかった。

なお、この日は下山後に高崎の街のビジネスホテルに泊まり、翌日は性懲りもなく、今度は榛名山の鬢櫛山1350㍍に登りに行った。黒桧山に比べれば500㍍も低いので、こちらの雪はたいしたことはなく、それほどの苦労なく登れたと覚えている。



上 山頂続きの尾根上の高みで長く休んだ。紺碧の空の下、北にかけては新雪が眼に痛い雪山が幾重にも見通せた。

中 登る途中からの大沼と地蔵岳1674㍍。後日、この山も近くの長七郎山1579㍍と合わせ、季節風吹きすさぶ寒い冬の日に登りにいった。

下 下山途中から見下ろす大沼。左に鈴ヶ岳1565㍍が見えている。赤城山の寄生火山の1つで、これも登って楽しい山だ。

なお、今はテレビでアナウンサーがいうのを聞くと「大沼」を「おおぬま」と発音しているが、本来は「おの」という。少し離れたところの「小沼」も「こぬま」ではなく、「この」が正しい。深田久弥さんの『日本百名山』にだって、この赤城の2つ火口湖にはそれぞれ「おの」「この」とルビがふってありますよ。  

(2015.3)

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