聖岳 
   1974(昭和49)年8月16日

この年の夏は8月14日から18日の5日間、本欄「前黒法師岳」でも登場の静岡(正確には藤枝市)の水野公男さんの先達で、椹島(泊)‐聖沢‐聖平小屋(泊)‐聖岳‐兎岳‐百軒洞小屋(泊)‐赤石岳‐椹島(泊)と歩いた。

東京からは望月達夫さんのほかに山田哲郎、山本健一郎、中村昭の諸氏と私たち2人が参加した。3日目の聖岳を越した兎岳付近から望月さんの調子が悪くなり、皆で荷物を持つことになった。しかし、望月さんのザックを開けてみれば、なんのことはない、ロールペーパー2巻きぐらいしか出てこなくて大笑いだった。

帰り、わりに早い時間に静岡の街へついたとき、望月さんが「横山君、ちょっと相談があるが」とおっしゃる。「はい、なんでしょう?」「実は、君、今回は荷物を持ってもらったりしてずいぶん皆の世話になった。ついては昼飯をおごろうと思う。だけど、今、ここの食堂のウインドを見たらウナドンは高いからカツドンでもいいだろうか」「あぁ、けっこうですね。皆さんお腹へっているからカツドンで充分ですよ」。この山行で一番よく覚えているのは、この望月さんとのカツドン問答であり、なにしろ、おいしくいただきました。



上 聖岳には16日の朝8時50分に登りついた。水野さんが中村さんに山を説明している。その後ろには望月さん、山本さん。山田さんはたぶん岩陰で小用でもたしているのだろう。

中 聖岳からは奥聖岳を往復した。

下 赤石岳の山頂は残念ながら霧の中だった。ゆえに、この富士山は聖岳からの眺め。

(2013.5)                       

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