平標山、仙ノ倉山
   1979(昭和54)年7月7、8日

川崎精雄さんと平標小屋に泊まっての山。お天気にも恵まれ楽しい2日間だった。後日、望月達夫さんから聞けば、川崎さんもあれはよかったと喜んでいた由。まぁ、それはそれとして、その後30余年、こんなことは、もう時効だと思うので、あのときの大笑いのエピソードをここに書きとめておこう。

平標山から土樽へくだる途中のことだった。こちら二人が先にたってとっととくだっていくと、よいお歳の男女二人が登ってくるのに出会った。その品のよい老登山者のお顔を、私は前にどこかでお見受けしたような気もしたが、瞬時のことなのでただ「コンニチハ」の挨拶だけですれ違った。

と、後ろのほうで「やあ、やあ」と川崎さんの親しげな声がして暫時の立ち話、ほどなく追いついてきて「あれは田口謹之介さんだよ」。「なんだ、おいらく山岳会の田口さんですか。それなら一度お会いしたことがある」。

すると、そこで川崎さんが、さもさも嬉しそうに話すには「田口さんが僕に頼んでさ、ここで会ったなんて誰にも話さないでくれだってさ。こんな二人連れで歩いていると知れたら、会の中でとかくの噂になるから、というんだよ」。

なるほど、だけど、すでに早々と川崎さんが僕たちに話しているではありませんか。かえって、そんなこと、わざわざ頼むから逆効果もいいところだと三人そろって大笑いになった。

なお、このあと何年かして冬の西上州へ望月さんといったとき、望月さんが連れてきたのが、かつての、そのオバチャン。望月さんはおいらく山岳会とはなんの関係もなかったと思うのだが、どんな風の吹き回しでご同伴となったのだろうか。そのときは、お尋ねするのを遠慮してしまったのだが、なにしろ、お歳はお歳なりに、なかなか可愛いオバチャンだったと今に思いだすのである。



上 平標山からくだる途中で見た池塘。私は池塘の融通無碍な形が大好きだ。

中 沢へくだったところで一休み。

下 平標小屋。今は平標山乃家といい1泊2食付7000円とか。私たちが泊まったときは1泊2食付でもお1人様3000円だった。

(2013.1)                       

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