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   横山厚夫さんが語るロッジ山旅の山と峠  
 
 高烏谷山
 
























  




























































  













 




















 
























この午後3時22分の大月発小淵沢行きの列車が韮崎を出たのが4時半を廻っていて、「あと30分もしないで長坂」と思う頃である。

車窓からは夕方近い茅ヶ岳がよく見えていた。

家人に「あぁ、きれいな山だねぇ」と話しかけたとき、ふっと気づいたのは今日は深田久弥さんのご命日ではないかということ。
 
すると37年前のちょうどこの日、私たち夫婦は、今日とは逆に上りの列車になるが、同じような時間に車窓から茅ヶ岳を見ていたことになる。

「あのときの茅ヶ岳もきれいだった」とうなずきあった。



1971(昭和46)年3月21日、北八ツからの帰りで、このときは近藤信行さんと一緒の春山登山だった。茅野から乗った列車がこの辺りを通ったのは、今日と同じ今頃の時間だったと思いだす。3人はそろそろ暮れようかという美しい茅ヶ岳に見惚れ、異口同音に「いい山だ、きれいだなぁ」と思わず嘆声を発したのも覚えている。そして家に帰り着き、玄関の戸を開けようとしたとき、隣に住む家人の母親がでてきて告げたのは7時のニュースで報じられたという深田さんの茅ヶ岳での急逝だった。

その後、37年というけっして短くない年月がたつと、私は深田さんが亡くなった歳よりも幾つかの年上になった。それも当然といえば当然かもしれないが、しかし、そんなことがあってよいのだろうかという気がしてならず、私は一種索漠の想いで茅ヶ岳を見ていた。

「そろそろ日野春、次が長坂ね」の家人の声が救いだった。

長坂駅には長沢君が迎えに来てくれて、ロッジ着は5時半。

夕食の折、私は「今日は深田久弥さんのご命日」と長沢君にいい、あらためて深田さんの想い出を少し話した。



高烏谷山(たかずやさん)は、その翌日に登った。

この山は私たち夫婦にとっては2度目になる。前回は1994(平成6)年の3月、佐古清隆さんと同行し鷹狩山と合わせて1泊2日の山行だった。まず、このときのことを簡単に記しておこう。

初日の鷹狩山は大町の山岳博物館の裏手の山で1166m、北アルプス、ことに後立山連峰の好展望台として知られた山だ。早朝の立川発に乗っても、信濃大町までは少なからず時間がかかる。歩き出しは10時過ぎになったが、この日は幸いにも雲がそれほど湧きあがらず、まずまずの眺めが得られた。鹿島槍などは神々しいほどの輝き方だった。





山を降りてからは松本に戻ってビジネスホテル泊。2日目の高烏谷山は上り中央線から飯田線に乗り継いだ駒ケ根が下車駅、タクシーで板取の集落へいき、高烏谷神社を経て登った。前の日ほどの青空はなく高曇りの日だったが、眺めには差し支えはない。眼前の中央アルプスはもちろんのこと、遠くの山々はかえってはっきりと見えていた。こうして2日続きの山岳大展望を満喫し、目出度し目出度しの山行であった。



さて、以上が14年前。

今回は雲ひとつない好天に恵まれ、特上の高烏谷山展望登山日和となった。ほかに誰1人いない山頂の芝生で、春の陽光を一杯に浴びて寝転びながら中央アルプスの絶景を楽しむなどとは贅沢至極。頭をめぐらせば南アルプスの雄峰が雪に輝いているし、経ヶ岳の肩には白い槍ヶ岳の鋭峰がちょんと姿をのぞかせている。

さらには「まだ早いから、もう一つ辰野の王城山に登って帰りましょう。やはり眺めのよい山ですよ」と長沢君が思ってもみないおまけを付けてくれたのには感激だった。こうして眺望絶佳の山二つを稼ぎ、坂本、俵、三井のお三方と私たちにとっては、いうことなしの充実した一日となった。


                  
高烏谷山にて


                          王城山にて

            追記

今年(2008年)は、高烏谷山のほかに長沢君のおかげで「間をおいて、これが2度目」という山二つに登っている。1月の身延山(前回は94年12月)と2月の光城山(前回は93年10月、同行は山田哲郎さんと寺田政晴君。翌日は黒姫山に登った)であり、どちらも初回に勝るとも劣らない好展望を楽しむことができた。光城山とそれに続く長峰山は槍ヶ岳を中心とする北アルプスの眺めで知られ、身延山は南アルプスのほかに富士山や富士川流域の山々の眺めもよい。

写真は1993年3月撮影の鷹狩山からの後立山連峰2枚、高烏谷山からの中央アルプスの1枚が横山の撮影。ほかは今年3月の高烏谷山登山の折に長沢君が写したもの。

佐古清隆さんは山岳展望のオーソリティの1人で『山岳展望ハンドブック』1、2(山と溪谷社/2000.6,2000.8)の著書もある。
                     (2008.6)






















































































































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