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滝戸山

かつては木を曳いたのだろう、尾根を深くえぐった径さえも埋めてしまいそうなくらいの落ち葉をラッセルしながら親子とおぼしき三人連れがいく。父親は先行して径を確かめながら進み、母親と娘はそんな面倒な作業は父親にまかせたとばかり、しごくゆっくりと後をついていく。幼子にとっては、ときには腰まで埋まるような落ち葉の吹きだまりもある。 

甲州はつい先ごろ笛吹市となった境川藤垈の在、滝戸山から北に延びる尾根がこの集落に突き当たる直前、わりと鋭くとんがった小山を起す。私はその頂上にある金刀比羅神社の狛犬である。

この正月のことだ。元旦こそ村人でいっときにぎわったものの、二日になればまず人など来ないのが常である。今では神社の南側を越える車道があるから、歩いて参拝に来るものなどさらにない。

無聊をかこっていたら、その車道を歩いて登ってくるものがいる。就学前の幼児とみえる娘をひとり連れた夫婦のようだ。さては正月早々人知れず一家心中でもするのか。だが見れば登山の格好だし、これが初詣となるのだろう、殊勝にも母娘は手を合わせて賽銭まで投げた。一方父親は「おお、白峰三山だ」と歓声を上げて、参拝する暇などあらばこそ、罰当たりにも拝殿に尻をむけて山を撮るのに忙しい。この父親を見れば今から死のうという家族とはとても思えない。滝戸山にでも登ろうというわけだろうが、正月早々こんな山にしかも幼児連れで登ろうという家族があるものだろうか。よし、暇にまかせて今日はこの妙な家族の様子をみてやろうと、神社から北へと尾根を登りだした三人に気づかれぬように後を追ったのが冒頭のくだりというわけである。

かつてはよほどの物好きが登るだけだった滝戸山は、立派な車道が近くを越えたり、山梨百名山に選ばれたりして大出世をとげた。今では道標完備である。たぶん入山者も増えたことだろう。しかし、それも車道が使えて最短距離で登れる季節だけ、道標もそちら側にしかない。私の神社から手間ひまをかけて登るものなどいったい年間何人いることだろう。

どうもこの父親は山がにぎやかになるのは山の堕落だと苦々しく感じている口ぶりだが、山が自分勝手に堕落するはずがない。山のせいにしてもらっては困る。この世で堕落するのは人間だけだ。神に仕える身にはよくわかる。  

尾根径はいったん林道を横切る。そのすぐ先にある狢山の三角点を、父親はうろうろと捜しまわっている。三角点を見つけたらどうだっていうのだ。偏執狂なのか。

尾根がせばまるとあたりは葉を落としきった広葉樹の明るい林となる。父親はうっとりして、森はこうでなきゃいけないと力説するが、森がよければ腹でも膨れるのかといった顔で父親を見る母娘である。女子供には困ったものだと連れている犬に同意を求める父親が哀れだ。

かろうじてあった踏跡も、頂上直下で尾根が山腹に吸収されると定かではなくなった。高いところへ行きゃ頂上だと父親は突進する。幼子のためにもう少し歩きやすいところを行けばいいのに、そんな配慮はこの男にはないようだ。もっとも、それがあるならこんなところに最初から来まい。
 
滝戸山のてっぺんまで来るのは私も久しぶりだったが、三角点の横には山梨百名山の標識が誇らしげに立っている。私は地元だから小声で言うが、もっとふさわしい山が他にありそうにも思う。 

家族は頂上で昼食をすませると鶯宿峠へと出発した。薄い踏跡を追った昔はどこへやら、立派な径が車道の乗越す現在の鶯宿峠へと続く。峠は公園風に整備され、ベンチもある。車で来られるところでこれだけの大観はめったにあるものではない。甲府盆地をめぐる名だたる山々が一望のもとだ。

旧鶯宿峠への尾根筋を分断し新しい林道が開通している。父親は何だこれはと文句を言いながら歩いていくが、私にもさすがにその気持ちはわかる。新しい林道を歩いてたどりついた旧鶯宿峠は、なんじゃもんじゃの木こそ以前と同じに立ってはいるが、まるで昔日の面影はない。家族はここから下ろうと径をさがす。なるほどこの峠径を下って周遊するつもりか。ところが大窪へ下る峠径もまた違う林道で寸断されている。父親はあくまで峠径にこだわって強引に薮に入るが、そんなのは真平ごめんと林道を歩いて下った母娘の方が結局早い。あきらめて父親も林道に降り立つ。やがて尾根筋についた林道が突然終わり、かつての峠径が境川の源流へと下っていた。もはや往来はほとんどなさそうな荒れた径、途中、苔むした古い観音様が往時を偲ばせたが、思えば私はこの石仏とは幼なじみだ。お互い随分年をとったものだなあ。

人の径はやがて荒れた林道となって、さらに舗装路と合流、そこに家族の車があった。奇妙な名前の屋号が書いあって、宿を営んでいるとみえる。正月に遊んでいるとはよほど盛らない宿らしいな。

変な家族だが、一日一緒にいて何やら情も移った。娘はよく歩いたものだ。また来いよ。久しぶりの山歩きに私も心地よく疲れ、神社へと戻ったのである。 (2004年1月)
     

高さ    1221m
県     山梨県
歩行    4時間25分
静山度   ☆☆
推奨度   ★★
難易度   3

二万五千図 市川大門 河口湖西部

参考タイム
 鶯宿峠入口(30分)金刀比羅神社(50分)狢山(1時間)滝戸山(30分)車道の鶯宿峠(15分)旧鶯宿峠(1時間20分)鶯宿峠入口

アドバイス
 滝戸山から旧鶯宿峠間以外は道標皆無。金刀比羅神社に参拝後に登ればご利益あるように配慮する。ただし賽銭は要る。新緑や紅葉が見ものの広葉樹の山である。車を使えば散歩の山。

立ち寄り湯
 そこら中にあるから、帰る方向で各自勝手に選ぶ。


 
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