ロゴをクリックでトップページへ戻る



仙丈岳

信州伊那谷は駒ヶ根あたりから見上げる、東の空を限ってそびえ立つ仙丈岳は、かつてこの地で前岳とも呼ばれていたという。甲斐駒ヶ岳の前にある意もあるのだろうが、目の前に立ちはだかった山だからでもあろう。南に続く大仙丈岳と造る大らかな台形は、山肌に険しい皺をきざみ、雄雄しい感じがする。   

一方、この山の東半分を占める甲州側では、前山にはばまれ、人里からはまず見えない。私の住む山梨県北西部の標高の高い町村からのみ、仙水峠の間隙にその一部をのぞかせるくらいだ。

甲州側の山、例えば北岳あたりに登って仙丈岳を眺めてみよう。円やかで優雅なカール地形を持つ、一見独立峰とも見える山容は、大らかさこそ信州側と同じだが、むしろ女性的で、南アルプスの女王と呼ばれるのもうなずける。

ほとんどの登山者が仙丈岳と聞いて思い浮かべるのはこの甲州側の姿だろうが、ふるさとの山という観点なら、朝な夕な生活の場から眺めている伊那谷の人々がより多くの想いを持っているに違いない。

だが、仙丈岳の名前そのものは、おそらく甲州側での命名だと私には思われるがどうだろう。

山名の語源は千丈、もしくは千畳だろうか。千丈は、高く奥深く容易に姿を見せないさまを思わせるし、千畳は、広大なカール地形を持つ悠揚迫らぬ山容を思い起こさせる。ともに甲州側にこそ強いイメージである。

それにしても、「千」を「仙」としたのは誰の仕業か実に洒落た山名だと思う。

たまたま私がはじめて仙丈岳に登った翌朝、これも私にとってはじめての子が生れた。その娘が8ヶ月になったばかりの初夏、彼女を背負って再び登った。ろくにお宮参りもしなかったが、我が神は山上にこそ御座す。

北沢峠からの日帰りでは、バスの都合で与えられた時間は5時間半しかない。少々きびしい。しかも赤ん坊を背負っていればなおのこと。だから最初は手前の小仙丈岳まで登ればよしとするつもりだった。ところが小仙丈岳で目の前に悠然とわだかまる仙丈岳を見ては、あれに登らずば帰れないという気になってしまった。

休憩もとらず、カールの淵を頂上へと急ぐ。なんとか予定時間内にたどりついた頂上で赤ん坊のオムツ替えとなった。富士山、北岳、間ノ岳、そうそうたる山々がふだん見慣れぬ作業を見つめている。今日この日本に3000メートルの高みで尻をさらしている赤ん坊もいまいと思うと愉快な気分になった。ひとつこの娘をよろしくお願いしますと山々にあいさつして駆け下る。北沢峠に着いたのは最終バス発車5分前だった。

 ガイド

 現在最も登られているのは北沢峠からで、すなわちそれが最短距離である。山梨県側からは南アルプス市広河原から、長野県側からは長谷村戸台から、いずれも公営バスによって達する。峠からは日帰り可能な距離だが、真夏のバスダイヤ以外では麓まで戻るのは少々きびしい。峠周辺や登山道にある数軒の山小屋に一泊することになろう。北沢峠からは樹林帯を延々と登る。大滝の頭あたりで森林を抜け、小仙丈岳に達するとついに仙丈岳が大らかな姿を現す。四囲の雄大な眺めを楽しみつつカールの淵を頂上へ。帰りは藪沢カールから馬の背へ出、藪沢沿いに下って峠に戻ると、いい周遊コースとなる。登り4時間、下り3時間。

南アルプス市役所055―282―2111長谷村役場0265―98―2211 

ホームへ  山の雑記帳トップ