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    『山の本 歳時記』 大森久雄 著

長年に渡り編集者として山岳書に関わってきた著者は、山と山の本が織りなす世界を、これまでに『本のある山旅』(1996・山と溪谷社)『山の旅 本の旅』(2007・平凡社)として世に出しており、ここで紹介するのが同じ流れをくむ三冊目の本となる。

今回の本では「歳時記」という題名が示すように、月ごとに章を立て、日本の山の繊細かつ劇的な季節の移ろいを、古今の広範な山の本の中から著者が選りすぐった文章に、著者自身の想いを重ねて描いてゆく。

あとがきに「季節の山を題材とする山の文章の一種のアンソロジーということになり、著作というよりも編著作というべきものになった」と著者は書く。

なるほど前二作にくらべると、山の本の作者に語らせる部分が大きくとられているが、たとえアンソロジーだとしても、それをひとつの文学作品たらしめるのはひとえに編者のセンスである。そして結果としてこの本が見事に文学の香気を放っているのは、著者の、書き手としてのみならず、編集者としての豊富な経験あればこそといえよう。

他者の文章中に我が意を得ることが読書の喜びのひとつだが、この本には肯定的な意味での著者のそれが横溢している。一方に、他者を否定的にみて喝采を浴びている本が少なくないことを思うとき、著者の本の幸福がなお貴重に感じられるのである。 

現代のネット社会はひとりよがりな書き手を増やすばかりで、心ある読み手を激減させている。すぐれた読み手でなくして、なんですぐれた文章が書けようか。

失われつつある読む力を取り戻すためには、名文に親しむしかない。時を経て残った文章にそれが多いのは当然で、山の本の世界でもまったく同様である。著者の、前二作に今回の本を加えた三部作は、著者自身の文章の妙を味わえるのはもちろん、山の名著へと私たちをいざなう絶好の羅針盤ともなるだろう。

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