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甲斐駒ヶ岳

山とは要するに平地よりも高く隆起した土地のことだから、その高さがまず評価の基準には違いないが、富士山のような独立した火山は例外として、高い山ほど人里離れた山地の奥深くにあることが多く、案外その山が属する町からは前山に隠れて見えないことが多いものだ。北岳、穂高岳、間ノ岳、槍ヶ岳、日本で標高が五指に入るこれらの山が望める人里は、もう山から相当遠い。

だが、何事にも例外はある。甲斐駒ヶ岳、2967ートル。日本で24番目の標高を持つこの山の、なんとまあ近くに寄ってもよく見えることよ。

今は白州町となった、甲州街道台ヶ原宿は、かつての駒ヶ岳講中が最後にわらじを脱いだ宿場であった。眼前を圧する巨大な山塊に、行者たちの信仰心はさらに高まっただろう。ここからの甲斐駒の位置と高さを例えば東京に置き換えていえば、新宿から西を見て吉祥寺の手前に、大阪なら、梅田から東を見て生駒山のずっと手前に2400メートルの山がそびえていることになる。こう書けば、その肉薄ぶりが想像できるだろうか。

この近さと高さは、駒ヶ岳の一方の雄、木曽駒ヶ岳を木曽谷や伊那谷から見上げたときにもあるが、いかんせん誰にでも一目でそれと分かる山容がない。逆に、甲斐駒はこの点でも傑出している。

この、南アルプスの最北端に打たれたピリオドは、甲府盆地から眺めたときには端正な金字塔に見える。それはそれで見紛うことのない姿だが、この山の強い印象は、遠くからの端正さにあるのではなく、麓から見たときの武骨さにある。

左肩に従えた二の腕の力こぶのような摩利支天の高まりと、それが一気に仙水峠まで落ち込む傾斜と落差。そして、右肩に連なる烏帽子岳や鋸岳の乱杭歯。これらを両翼に備えた甲斐駒が、麓からの最も印象的な姿だと思える。この武骨な左右非対称の力強さは、富士の八面玲瓏の対極といえるかもしれない。

山は眺める側もある程度の高みにあったほうがむしろ高さを増す。この点、JR中央線が韮崎を出ると七里ヶ岩台地へと登っていくのは、まるで車窓から甲斐駒を眺めるための演出とさえ思える。巨大で不恰好な庭石をどんと置いたようなこの勇姿は、明治以来いったいどれだけの旅客の目を奪っただろうか。前述した、甲斐駒がもっとも印象的な姿を現すのは、日野春駅から長坂駅の間である。また、この両駅間には長坂町で整備した遊歩道がある。約3時間の長さを感じさせない、甲斐駒ヶ岳と連れ添う至福の道である。

ガイド

本文に書いた方角からの登山は、日本アルプス屈指の標高差をこなす実力がいる。一般的には、山梨側は南アルプス市芦安から、長野側は長谷村戸台から北沢峠までそれぞれの市村が運行するバスに乗る。峠からは、双子山か、仙水峠を経由するコースがあり、駒津峰で合流する。ここまで2時間半〜3時間程度。目前の甲斐駒は白い花崗岩の山肌をあらわにして、信州側ではかつてこの山を白崩山と呼んでいたのもうなずける。ここから、美しい白砂の頂上まで1時間半。一等三角点のある頂上からの眺めは言わずもがなである。南アルプス市役所 055-282-1111 長谷村役場 0265-98-2211

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