U.真夏の試練 黒部奥鐘山西壁 1973年8月上旬撮影

難しさもスケールも、そして夏の暑さによる渇きも、すべてにわたって桁外れのクライミングだった。写っているのは、今まさにOCCルートのトマリ木ハングを越えようとしている I である。



約5メートル張り出した岩庇の根元に灌木が生えていて、空中に突き出したその枝を伝い、途中から庇の下に打たれたピトンに体重をあずける。さらに数本のピトンにアブミを掛け替えて庇の先端にたどり着く。

ここに3センチ四方のラープと呼ばれる鉄片が岩の隙間に残置されている(現在この箇所にはボルトが埋め込まれているという)。この鉄片に結ばれた靴紐のような細いスリングロープにアブミを掛けて体重を移し、庇の上の垂壁に身を起こす。そして岩からわずかに突き出た鉄片の頭に立つのである。仮にラープが抜けたり、スリングが千切れてもビレイシステムが衝撃に耐えて宙吊りになる程度で大事には至らないだろう。とはいえ、足下は黒部川の河原まですっぽり300メートル何もない大空間。途方もないプレッシャーが彼を襲ったことは想像に難くない。 I はこの壁の16ピッチ全てを見事にリードしてみせた。

後にOCCルートの初登者たちのひとりが、技術的なことだけならウォーカーと遜色はない、と語っていたことが仲間内で話題になったことがある。「ウォーカー」とはグランドジョラスのあのウォーカー・スパーのことである。