ロゴをクリックでトップページへ戻る



七面山

見るからに険しい海抜六千尺を越える人跡まれな深山の頂上近くに突如現れた天上の楽園のような平坦地。その一角には碧水を湛えた神秘の池がある。池の東の高みに覗く気高い台形は何だろう。その高みへとひと登り、徐々に姿を現すのはやはり霊峰富士、天子山塊を圧してあまりにも大きくそびえ立つ。

時あたかも彼岸の中日、さながらダイヤモンドの絢爛たる輝きのような旭光が、いみじくも富士の頂点からこぼれ落ち、その一条がこの天上の水面へと射し込むのである。池にはもちろん龍が住んでいる。

池から南へ登ると、崩れゆく針の山に出くわす。地獄の底まで果てなくなだれ落ちた山腹。遠くからでも一目でこの山をそれと判らせる「ナナイタガレ」である。

この世とあの世、天国と地獄、奇しくも春秋の彼岸に霊峰富士の頂点から放たれる旭光。何たる絶妙の配置だろう。むべなるかな、古くから修行に訪れる修験者があったという。

波木井実長の加護により身延の地に庵を構えた日蓮聖人が、麓からいやでも目立つこの修験の山にまつわる話を土地の者から聞いたとき、はたと膝を打ち、かの地に堂宇を建てねばなるまいぞと考えたに違いない。かの池に住まうという龍は法華宗の守護神七面天女の化身でなくて何だろう。 

だがあまりに険しい山である。聖人存命中、その志は果たされなかった。それでも没後わずか、衣鉢をついだ高弟日朗上人によって池のほとりに七面大明神が祀られ、今にいたる七面山信仰が始まった。一三世紀末、鎌倉時代のことである。

現在、一の池と呼ばれる池のほとりにはよくぞこの深山に造ったと思える敬愼院の本殿や千人が泊まれるという宿坊が建ち並ぶ。本殿前から石段を登って随身門をくぐると、何百人もの信者が一同に会してお題目を唱える富士山遥拝所がある。富士山頂と随身門と本殿は一直線上にあり、春秋の彼岸の中日には富士の頂点から洩れ出た旭光が随身門を通って本殿に御座すご本尊七面大明神を照らしだすという。

私が七面山に登ったのは、白装束の信者の行き交う姿もない師走始めだった。表参道が敬愼院で尽きると、それまでと打って変わってか細くなった山道が凄まじい崩壊を見せるナナイタガレの淵に続き、木立に囲まれた頂上へと導かれた。木の間越しに寒々しく雪をまとった南アルプスの俊峰が眺められた。あまりの寒さにすぐ下山にかかる。敬愼院の境内を歩いている分にはまるで深山を感じない。しかし、角瀬に下る北参道の長さに、あらためて山の奥深さと、そしてそこにこれだけの建築を成し遂げた信仰とは大したものだと思った。

 ガイド

JR身延線身延駅からバスで早川町角瀬の七面山登山口下車。タクシーで表参道の始まる羽衣まで入る。敬愼院まで五十丁標高差1200メートルは相当なものだが、さすがに歩きやすく道は整備されている。信者の道のりは敬愼院までだが、登山としての七面山頂上は、ナナイタガレの淵を通ってさらに三百メートル近く登らねばならない。健脚なら日帰りも可能だが、敬愼院に一泊させてもらうのが順当だろう。山全体が宗教上の聖地なので、登山者といえども配慮は必要である。全行程9時間。

身延町産業観光課(0556)62-1111
早川町産業観光課(0556)45-2511
敬愼院(0556)45-2551



ホームへ  山の雑記帳トップへ