本栖湖西岸稜線(精進)

2年前のちょうど同じ頃に端足峠から竜ヶ岳に登ったとき、その峠道の新緑の美しさに驚嘆したことがあった。それでもう一度と思っていたのだが、竜ヶ岳に端足峠から登る人はごく少ないとはいっても、頂上の人出は日によってはすごくなるのは閉口だ。そのときも中学校の生徒で埋め尽くされていた。

そこで思いついたのが、これは4年前の秋、木曜山行で烏帽子岳から中之倉峠まで歩いたのを、今度は中之倉峠から佛峠までつなげようというものだった。

東京から横山夫妻をはじめ4人の参加があったうえに、ご常連の方々が顔をそろえたので総勢13人もの大部隊になった。これは今までの木曜山行でも最大かもしれない。頼んで増車することになったが、自転車で車を回収するつもりだったので好都合ではあった。それにしてもこんな大人数になっても安心していられるのは、参加者がいずれ劣らぬ山のベテランばかりだからで、主催者側としては感謝するしかない。

私は四半世紀前にこの稜線のことを横山さんの本で知ったのだが歩くのは初めてだった。その横山さん本人と歩くことになるとは不思議な巡り合わせをあらためて思った。

精進湖線を車が登っていく間の車窓からの新緑がすでに絶品である。トンネルで御坂山地を抜けると精進湖で、少々空は白かったが、富士は全容を現していた。

歩きやすい峠道をひと登りで稜線に出ると、1000円札の富士の撮影場所とされる展望台である。ここまでは登ってくるカメラマンや観光客もあるのだろう。その手前で下ってきた3人に出会った以外に昨日は誰にも会わなかった。

稜線に出てからはまだ真新しい道標が随所に立っており整備がされたばかりらしい。1000円札の展望台以外には展望場所がないのは、稜線の東西に富士と南アルプスがあることを思うと残念だが、しかし樹林の雰囲気は上々、径も歩きやすい。誰にでも推奨できる山道だと思った。

点名から中之倉山と呼ばれている三角点峰から一気に下って佛峠でお昼となった。

稜線の新緑も良かったが、圧巻だったのは佛峠から少し戻って湖畔へ下る径で、樹林は山の北側が概していいが、このあたりでもやはり例外ではなかった。端足峠の径同様のすばらしい新緑を、しばしば立ち止まっては楽しみながら下った。

須玉の秘峰 観音山(茅ヶ岳・瑞牆山)

翌日が晴天そのものの予報だったので早々と順延にしてしまった木曜山行だったが、さて行く先は当初の計画の御坂黒岳からどこに変更しようかと悩んだ。

今しも地元の山の新緑が美しいのだから、別に遠くへ出かけることもないわけで、となると、我がテリトリーの須玉の秘峰が頭に浮かぶ。

鳥居峠から栗屋峠の稜線は樹林が素晴らしいところで、しかも秋にしか歩いていなかったから新緑を楽しむのもいいかとまず思ったが、画家のSさんが参加することになったので、それなら展望があるほうがいいかと、さらに東に分け入って観音山へ2年ぶりに行ってみることにした。

観音山というのはむろん仮称で、目的の山へ行く途中の尾根上にぽつんと観音像があったから名づけたものだが、しかし、ちょっとここで言う山頂とは離れすぎている。ところが昨日、この山のすぐ麓に新たな石像を発見して、この名前でもまんざらおかしくはないかとなった。今では滅多に人の目に触れることのないこれらの石造物にまみえるだけでも価値のある山歩きだと思う。

このあたりの山は地質のせいで、いたるところが絶壁になっているので取り付くのが難しい。しかしいったん尾根に上がれば、あとはごく平和な山歩きが楽しめる。芽吹きの遅いミズナラもすっかり芽吹いて、とにかく緑、緑、その間には鮮やかなヤマツツジが満開である。

久しぶりに観音像にあいさつし、さらに登る。目ざす頂上の手前のピークを回り込むと伐採地に出て大展望が広がる。その場所に人工的な直方体が倒れていたので、これはと思って起こすと古い道標だった。彫られているのは袈裟を着た僧侶のようで、観音像ではないが、まあ、そこは四捨五入して、やはりこの山の名前は観音山でいいかとなった次第。

風は少々強かったが、四囲の風景を楽しみながら長い昼休みとなった。食事もそこそこにSさんは作画に没頭する。植えられているのは落葉松だから、わりと早くこの展望もなくなってしまうだろう。

帰りの半分は林道だが、車の往来はないし、足元が安心な分、のんびりとあたりを眺めながら歩ける。道々の緑とヤマツツジがすばらしく、歓声しきりであった。

大鹿村山行 初日は下栗へ(上町)

雨音に何度も目が覚めるくらいで、これだけ降れば朝方にはやむだろうと半ば夢の中で考えていたが、朝になってもいっこうにやむ気配はなかった。

それでも多少は西に向かうのだからと楽観して、小淵沢駅で横浜組ふたりと合流後高速に乗ったが、やはり雨はやまない。初日は入野谷山の計画だったが、たとえ雨がやんでも初めての山に登るような天気にはなりそうもない。

雨さえやんだら辰野の大城山でも登って頂上で昼飯でも食べてからぶらぶらと大鹿村へ行けば時間もつぶせるだろうと考えていたのが、雨脚は強まるばかり、そこで前日に代案として考えていた下栗へ行ってみることにした。こんな天気でもなければわざわざ行ってみることもないところである。

高速道路を使えば、時間的にはさほど遠いところではないが、気分的にはおそろしく遠いところである。矢筈トンネル(山中に突然出現するこの驚くばかりの立派なトンネルがなければ、とても行く気にはなれない)を抜けるところまでは数年前の大鹿村山行で尾高山に登ったときに通った道である。上村の中心部へはトンネル出口からそちらへの道と分かれて南下する。

上村の中心部から下栗への車道に入ってひたすら登る。紅葉の時季には車が渋滞するほどだというが、この道ならそうだろう。普段山道に慣れないドライバーがこんなところへ大勢やってきたらと思うと、とてもそんな時季には近づきたくない。観光で食べているわけでもない住人にとっては迷惑なことだと思う。

集落の最上部にある観光施設も、この天気とあってはほとんど人はいない。集落を見下ろす展望台まで徒歩20分くらいだというので小雨の中を傘をさして行ってみることにした。

暗い植林地の中へ続く狭い歩道は恐ろしく急な斜面をトラバースして続く。譲り合いをしようと書かれた立て札がたくさんあるところを見ると、この道も観光客が多いときには渋滞するのかもしれない。展望地には制限40人と書かれた、金属製の足場板で組んだ展望台がしつらえてあった。

むろん誰もいない。眼下に雲がただよって、ともすれば集落も隠してしまい、かえって風情がある。晴れた日より良かったねと怪我の功名を喜んだ。

大鹿村へはしらびそ峠を経由して行くことにしたが、これがすばらしい山岳道路で、まるで車が山を縦走するようであった。あいにく南アルプスは望めなかったが、もし好天ならすごい展望がところどころで得られると思う。展望はないものの新緑の美しさには目をみはった。しらびそ峠まで行き交う車は1台もなかった。

地藏峠を越えて大鹿村へ行ったが、まだ時間が早かったので、中央構造線博物館で勉強した。学芸員の方に、千万年や億年単位での解説をしてもらってから外へ出るとめまいがした。

夕方、延齢草に入る。今回は少人数だったが、それもまた良し、宿の佐藤さんも一緒に夜遅くまで四方山話に楽しい時を過ごした。


入野谷山(市野瀬)

大鹿村山行の2日目は鳥倉山を考えていたのだが、初日に予定していた入野谷山はまだ登ったことがなかったし、帰る方向にある山だから都合がいいしで、そちらにしようと思っていた。

ところが中央線博物館の学芸員の話では分杭峠付近は例のパワースポット騒動で駐車が厳しく制限され、監視員まで常駐しているという。伊那市側からシャトルバスに乗るしかないと聞かされ、面倒になってしまった。

そこで延齢草の佐藤さんに相談すると、分杭峠には停められなくても、少し大鹿村側から車道を歩くつもりなら駐車場所はあるというので、それならやはり登ってみようとなった。佐藤さんも仕事を休んで同行してくれるという。

中央線博物館で勉強した露頭を実際に見学したのち分杭峠の少し下で駐車した。雲は多いがまずまずの青空が拡がっている。

入野谷山の名前を知ったのは去年の暮れのヤマケイに、あらたに登山道が整備されたとのニュースが出ていたからで、ちょうど大鹿村山行で行くのに都合がいいなとチェックしておいたのだった。つまりこれまではほとんど登る人などいなかったことになる。

パワースポット騒動もそろそろ下火になりつつあるらしいし、峠から登れる山でも整備してブームの延命でも図ろうかということかなと思って、山にはたいして期待もしていなかったのだが、これが不明というものだった。

落葉松が多いとはいうものの、それはそれで緑は美しく、登るにつれて広葉樹も増えて、カエデ類の淡い緑がすばらしい。尾根筋を登るのだろうと予想していたのと道は違っていて、古い作業道に手を加えたらしく、山腹をうねうねと徐々に高度を上げていく。

最後にわずかばかりの急登があって、尾根筋に出たが、それはすでに入野谷山の北側まで達していた。つまり戻るように頂上へ至ることになる。

尾根をひと登りで頂上に着いた。眺めはない場所だが、あたりの、とくに東側の樹林の良さは特筆すべきで、1800メートル近い標高ではまだ緑は淡いが、あと10日もすればまったく違う雰囲気になるだろう。緑が淡いおかげで、枝越しに仙丈ケ岳が雪の斜面を見せている。

この先2.30分南下すれば展望のいい峰があると山頂標識に書いてあり、それは下調べもしてあったので、行ってみることにした。

この稜線の美しいことといったら、よくもこれまでれっきとした登山道がなかったものである。むしろそれだから良かったのか。まさしく極上の山道である。入野谷山からは踏跡もわずかに薄くなる。ふかふかの地面、左右に中南アルプスの眺め、そしてダケカンバの純林。これを歩けば分杭峠でうろうろしている何倍ものパワーをもらえるというものだ。

笹に覆われた頂上が行く手に見えて、その登りで展望は最高になった。このピークには名前がないらしい。南に笹山があるのだから、北笹山あたりはどうだろうと佐藤さんと相談した。

この眺め、この雰囲気では画家のふたりは昼食どころではない。頂上へ着くやいなやさっそく画業に没頭する。

スカッと晴れてはいないので、アルプスの頂上は隠れているが、これが全部姿を現していたらとんでもない絶景であろう。秋の晴天のときにでもぜひ再訪しなければと誓った。

誰にも会わないまま下山して佐藤さんとはお別れ、我々は分杭峠を越え、杖突峠を越え、八ヶ岳へ戻った。2日間で山道330キロ走破の旅であった。

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