94. 大室山
        1988(平成1)年11月1日

私が最初に大室山(1587.6㍍)に登ったのは1977年の3月で、この時は、道志川支流の神ノ川奥の長者舎山荘に泊まっての1泊2日の山行だった。その一部始終は『静かなる山』(茗溪堂/昭和53年)に書いたので、そちらをご覧いただくとして、ここに載せる写真は、その後2度目に日帰りで登った折りに写したものである。

前回は大室山東南の鞍部犬越路には長者舎山荘のある北側からあがっているので、今度は南の西丹沢側からあがってみることにした。

朝早くの出発で小田急線の新松田が下車駅、そこからタクシーで用木沢出合の登山口まで行った。11月初めのよく晴れた日で、紅葉が美しかったと覚えている。1時間半ほどで犬越路にあがったのちは、前回通りに大室山、加入道山とたどったのち、白石峠から北に道志川の谷におり、和出村からバスを乗り継いで中央線の藤野駅に出て帰った。



上 大室山の山頂。1977年3月に登ったときは林を通して南アルプスをはじめ八ヶ岳や奥秩父、大菩薩の山々がよく見えていたが、この時は林が濃くなり、はかばかしい眺めは得られなかった。

中 犬越路には、しっかりした避難小屋があったが、これも今では建て変わっていることだろう。なにしろ27年前の写真である。

下 白石峠から道志川の谷へくだっていくと対岸の尾根筋がくっきりと見え、なかなかの眺めだった。

追記 

大室山は大群山とも書き、『静かなる山』には「大群山」として載せている。なお、最初に行ったときは神ノ川奥の長者舎山荘に泊まったが、予約なしにもかかわらず、秋本さん一家が快くもてなしてくれ、すっかり親しくなってしまった。当時、主人の秋本正樹さんは40を少し過ぎた年頃だったろうか、そして山荘には奥さんと小学校前の姉弟の2人の子供がいた。たまのお客ということで子供たちも大喜びだったし、秋本さん夫婦も鱒とフキノトウのおいしい夕食で歓待したくれた。私は、これに嬉しくなって、その年の7月に桧洞丸へ登ったときも、前夜は長者舎山荘に泊まっている。そのとき、子供たちに簡単なおもちゃをお土産に持っていくと、大はしゃぎに喜んだのが忘れられない。しかし、その後、2、3年もしないうちに、秋本さんは夜間、神ノ川沿いの林道を車で走っている途中、運転を誤り谷に落ちて亡くなってしまった。私はその報を受け、三浦半島の突端に近い集落にある寺での告別式に行ったが、それは秋のよく晴れた、相模湾越しに富士山がよく見えたていた日だったと記憶している。そして、今、この文章をつづりながら思うのは、あの幼かった子供二人も、もう40を過ぎたいい大人になっているだろうということである。                             

(2015.12)

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