安達太良山 
        1972(昭和47)年7月4日

3日は吾妻連峰の一切経山、釜沼を一巡りしてから野地温泉泊、翌4日に土湯峠から安達太良の各峰に登った。吾妻、安達太良ともに、この時が初見参であり、多くの発見に気をよくして、以後、回数多く訪れるようになった。



上 安達太良山の特徴ある山頂が見えている。土湯峠からは鬼面山、箕輪山とたどり、これは鉄山辺りからの眺めだと思う。

中 安達太良山は標高1700㍍、別に乳頭山の名もあって眺めは360度の気分晴ればれの頂である。ただし、この「八紘一宇」はあらずもがなで、多分、戦争中のお先棒担ぎがたてたものに違いない。昨年(2012)の5月に登ったときも、変わりなく鎮座していた。ちなみに八紘一宇とは『日本書紀』によりどころがあって「第二次大戦中、大東亜共栄圏の建設を意味し、日本の海外侵略を正当化するスローガンとして用いられた」と『大辞林』にあるが、今の人には、まず「大東亜共栄圏」とはなにかを説明しなくてはならないだろう。

下 「温泉はいいが、食事はお粗末」というのが、当時のくろがね小屋だった。このあと、織内信彦さんと1974(昭和49)年4月の雪のあるときに泊っているが、そのときはおかずの足し前に北京ダックの大きな缶詰をもっていった。

(2013.11)

中、下の写真はクリックすると大きくなります

横山厚夫さんのちょっと昔の山 トップに戻る