旭岳(赤崩山) 
     1979(昭和54)年4月15日

那須連峰の北、5万図「田島」の右下隅にあるのが、この山。別に赤崩山の名も括弧付きで添えられていて、標高は1835.2b。南方向から眺めれば、端麗なピラミッド状の山容をぐんともたげて人の気をひくこと、ひとかたならずの山である。

そこで道はないにしろ残雪期ならば硬雪を踏んで登れるだろうと、望月達夫、山田哲郎、大森久雄の諸氏に加えて、こちら夫婦の総勢5人で出かけていった。

前夜は甲子温泉の旅館泊。連休からの営業にそなえて準備中というところへ自炊でよいからと泊めてもらったが、こんな観光旅館そのものの宿は、なんとなく私たちの山旅にはふさわしくないと落着かなかった。部屋がきれいすぎ、風呂が大きすぎるのはよいとしても、料金までが分にすぎて驚いた。



上 まず登りつく甲子山から見れば、岩、薮、雪の尾根をたちあげて、旭山は惚れ惚れする山容だった。

中 南側にまわれば、雪原の上に山稜を連ねて、ますます魅力一杯。まるでエベレスト南面のウエスタン・クムに入り込んだような気分であった。

下 雪の急斜面を登りきると、尾根上にはわずかながらも切開きがあった。潅木についたエビノシッポをピッケルではたき落しながら20分、憧れの山頂では皆さん大満足だった。

補 記

 
1. 本欄「大倉山、三倉山」に添えた大峠付近から写した写真をご覧になれば、いかに旭岳が形よい山かが納得できよう。その昔、ダグラス・フレッシュフィールドが「世界で最も美しい雪の山」と賞賛したカンチェンジュンガ山群の1峰シニオルチュー(6891b)にも匹敵するような素晴らしさだ。なお、シニオルチューについては深田久弥さんの『ヒマラヤの高峰』2(白水社/1979)に載っているので、詳しくはそちらをどうぞ。

2. 山田哲郎さんはご近所に住む成瀬岩雄さん(1905〜1984/1924年日本山岳会入会、会員番号854。副会長を務め、名誉会員)から、かねて旭岳に登ろうと誘われていたのだが、いろいろあって言を左右に逃げ回っていた由。ところがこの日、私たちが旭岳から甲子山へ戻っていくと、そこに数人の登山者がいて、なんと、その中の1人が成瀬さんではないか。山田さんはあっと声をあげ、世の中にこんなことがあってよいものかという大驚愕の面持ちになった。聞くと、郡山の室次雄さん(やはり日本山岳会会員)ほかを先達に、これから旭岳に登るところだそうで、この時の山田さんのバツの悪そうなお顔といったら、はたで見ていて気の毒なくらいだった。なお、成瀬さんの『山岳』(第79年/1984)に載る追悼文は望月達夫さんの執筆だが、その文中「山行の時や都会での奇行は、その没後も旧友間で屡々話題の種」云々の「奇行」をもって、上記「いろいろあって」の「いろいろ」をご賢察いただこう。

(2013.6)                       

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