高柄山
    1976(昭和51)年1月21日

『静かなる山』(茗溪堂/1978)に載る川崎精雄さんの「高柄山」は、1977年10月の好日にこちら2人と登ったときのことを書いているが、これは、その1年半ばかり前、同じように私たちとご一緒したときの高柄山。

川崎さんのお家は杉並の成田東にあった。中央線吉祥寺駅行きのバスが近くを通っていたが、朝早い電車に乗るときは、まだバスは動いていなくて、多分、最寄りの阿佐ヶ谷駅まで歩いたに違いない。となると、30分はたっぷりかかり、冬の最中には暗いうちの出発で、さぞ寒かったと思う。でも、川崎さんはそれをどうこういうことはなかった。ただ1回だけ電車で顔を合わすなり「今朝は冷えたねぇ」といわれたのを覚えているだけである。

川崎さんは1907(明治40)年のお生まれで、私よりも2回り以上の年上だが、一緒に歩いていて特別遅いとか草臥れて見えるということはほとんどなかった。なにしろ、84歳の時にトムラウシ温泉からのトムラウシ山を日帰りで往復したくらいなのだから、その強さは並大抵のものではない。この高柄山へ行ったのは川崎さん69歳の年で、まだまだお若い。こんな700b少々の山など、2階の階段を登るくらいのものであったろう。 



上 高柄山の山頂。この頃は高柄山から矢ノ根、鶴鉱泉をへてすんなり上野原へおりられたが、その後、途中にゴルフ場ができると、アップダウンの多い回り道をとらされるようになった。それが嫌さに足が遠のくようになり、別ルートから1、2度登っただけになっている。さらに、今はこの山を半周するような車道の工事中と知れば、この先、もう高柄山に登ることはないだろう。

中・下 いずれも高柄山の道中で。 

(2013.4)                       

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