高川山
    1977(昭和52)年1月15日

この山は『静かなる山』(茗溪堂/昭和53年)に載っていて、書いたのは山田哲郎さんである。

山田さんは、その前年の1月、川崎精雄さん、望月達夫さん、それにこちら2人と登ったのを念頭に、執筆分担の席上「高川山は私が書いてもいいです」と名乗りをあげてのご執筆。

このときは、たまたま中西章さんはいなかったが、当時は『静かなる山』の著者5人は誘いあって、よく中央沿線の低山歩きを楽しんだものである。



上 高川山の山頂だが、今、こんなことをやっていたら、威勢のいいオバサン連に「邪魔よ、邪魔、邪魔」と蹴飛ばされるだろう。寺田政晴君にいわせると「山田さんが書いたばっかりに、それまでは静かでよい山だった高川山も、いまは中高年の溜まり場に成り果てたではないですか。罪なことをしたものです」。

中 山田さんは「冬のよく晴れた風のない一日」とし、山頂の眺めがよかったと記しているが、どうも山田さんの筆にはタヌキの毛が混じっているような気がしてならない。私の記憶だと、時折陽はさすものの雲が多く、富士山も満足には見えない日だったような気がする。この証拠写真を見てください。三ツ峠山の上にも灰色雲が低迷していますよ。

下 初狩駅。36年前は、周りの家も昔風だった。

(2013.3)                       

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