飯盛山
    1976(昭和51)年10月25日

1955年の初秋、私が最初にこの山に登った頃は、小海線もまだ高原のポニーと愛称される可愛い蒸気機関車が牽く時代だった。

そして、飯盛山といえば、八ヶ岳の異国的な裾野にあって眺めは広々、美しい落葉松や白樺林に囲まれて一種メルヘンチックな雰囲気の山と知られていたものである。

ところがどうしたことか、今日この頃のロッジ山旅での話、夜の談笑も一区切りついて、さぁ、寝ようかとなったとき、長沢君に「明日はどこの山へ行きましょうか」と尋ねられて、飯盛山などと答えようなものならば、「この人、なんと発想の乏しいことか」と軽蔑の目付きで見られるのは必定。

ロッジ山旅の「オクチチブマスター」にかかっては飯盛山もずいぶん格落ちしたものだと、私は哀惜の念に耐えないのである。



上 ここに掲げる3枚の写真は1976年10月下旬、2度目に登ったときのもの。秋の好日にもかかわらず、誰一人にも会わなかった。まだ、この頃は中高年の登山ブームも始まらず、たいがいの山はすいていた。今ならば、平沢峠に大型バスを乗りつけての登山ツアーの団体さんに顔をしかめることもしばしばだろう。

中 この日は高尾6時45分発の列車に乗っての日帰り。お天気は上々、車窓の駒ヶ岳が今日一日の楽しい山歩きを約束してくれていた。

下 ロッジ山旅の時代になってからも何度か飯盛山に登っているが、周囲は牧場とはいうものの牧牛を見たことはない。バラ線の牧柵がうっとうしいばかりだ。

(2013.1) 
                         
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