川苔山
    1963(昭和38)年3月25日
    
ご存知、奥多摩の名山。標高は1364bとそれほどでもないが、尾根と谷が複雑に入り組んで多くのコースが取れるうえに、眺めも抜群。山頂にたてば360度の展望が得られ、ことに日原川を囲む山々が一望のもとだ。

私がこの山に最初に登ったのは1951年の3月、山を始めて2年目の、まだ高校生の頃だった。その後、少なくとも20回は登っているだろう。いずれは、大雪の中で大奮闘したときや、故寺田政晴君と紅葉美しいこれぞ日本晴れの日に登ったときなどの写真もお目にかけたいと思っている。

ここでご覧にいれるのは、ちょうど半世紀前の1963年3月、まだ雪の残る早春の日の川苔山である。



上 川苔山から北西に尾根を歩くと踊平の鞍部にいったんくだるが、この前後からの眺めがよい。正面の端整な三角形は蕎麦粒山、その左のぎざぎざは三ツドッケの稜線だ。

中 川苔山山頂を望む。東ノ肩には簡単な小屋掛けがあり、春秋の休日には地元の人がジュースなどを売っていた。

下 今はなき獅子口小屋。大丹波川の源にあり、洒落た造りの小屋だった。長く木宮丈助夫妻が入り、清流で育てたワサビの山葵漬けが名物だった。川苔山は日帰りでも楽に登ってこられる山だが、あえてこの小屋に泊まり、蕎麦粒山まで足を伸ばしたりしたものである。1973年暮れには名古屋の日本山岳会会員故川北仁さんとも泊まっている。惜しいことに木宮夫妻が高齢で小屋からおりたあとしばらくすると建物までも解体され、今は獅子口小屋跡の地名が残るだけである。

(2013.1) 
                         
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