秩父御岳山
    1982(昭和57)年1月10日

秩父御岳山には2度登っていて、このときは川崎精雄さん、柿原謙一さん、中野英次さんと同道だった。秩父鉄道終点の三峰口駅からタクシーで上強石まで乗り、杉ノ峠‐剣ノ峰‐御岳山と登ったあとは、タツミチ‐山ノ神とくだって三峰口駅まで歩いた。



上 柿原さん(1913〜2000)は秩父の旧家の出身で、一ツ橋大学では望月達夫さんとほぼ同じ時期に山岳部で活躍された方である。

私は望月さんを介して知り合い、地元奥武蔵や奥秩父のほか西上州の山々、さらには吾妻や日光女峰山にもご一緒した。このときは、ちょうど柿原さんが秩父鉄道の会長をなさっていた頃で、三峰口駅では駅長が威儀を正してご挨拶にでてきたものである。

帰りは、電車が発車時刻になっても川崎さんがトイレから戻ってこない。しかし、それが会長さまのお連れとあれば、電車を待たしておくのだから大したものだった。

中 川崎さんと中野英次さん。私が奥多摩山岳会に入ったのは1954年秋のことで、中野さんはすでに会の古株だった。みながまだ鋲靴の頃、1人ビブラム底の靴を履いていたのを覚えている。ただし、大方のいうところでは「そんなアヒルの足みたいなもので山が歩けるか」であった。

下 御岳山の山頂。このあと何年かして登ったら、神社はいやにけばけばしくなっていた。しかし、この程度がちょうどいいところではないだろうか。

(2013.2)                       

中、下の写真はクリックすると大きくなります。

横山厚夫さんのちょっと昔の山 トップに戻る