湯船山、不老山
     1975(昭和50)年3月3日

山中湖東南の三国山からは東に尾根が延び、その上にあるのが湯船山1041b、不老山928bである。富士五湖周辺でもなし、丹沢でもなし、この辺の山々は、なんと括ったらよいのだろうか。

ところで、この湯船山にはずいぶん昔に高校の同級の平沢と登ったことがあるとうろ覚えに覚えていたので、今回、古い山の記録帳を見てみたら、登ったのは1953年の10月、丁度60年前のことと分かった。

だが、一緒にいったのは同じ同級ではあるものの平沢ではなく岩村だとあり、品川駅発早朝5時12分の大阪行きの鈍行に乗り国府津で御殿場線に乗換えて駿河小山下車、以後は峯坂峠‐湯船山‐明神峠と歩いて駿河小山に戻り、帰宅が夜の8時。

その頃は半額になる学割で交通費は往復220円とも記してあるのだが、山中のいちいちはまったく忘却の彼方。念のため、岩村に聞いてみると、そんなところへいったことさえも覚えてないといっている。

さて、その22年後の早春に、織内信彦さんとご一緒した湯船山と不老山がこれ。小田急の特急「あさぎり」で駿河小山下車、タクシーで明神峠まで登ろうとしたら道が悪くなって途中でアウト。

しかし、その先で地元のおじさんの小型トラックが悪戦苦闘しているのに出会うと「バラスト代わりに乗ってくれ」と頼まれて、結局、峠まで楽をした。

また、帰りも駿河小山から小田急の特急に乗り、車中販売の崎陽軒のシューマイを織内さんがご馳走してくれたことなどは記憶のうち。さらには暗くなった駅までの道で、こんなに悠長に歩いたのでは特急には間に合わないと気が気ではなかったのも、織内さんご同行ならば、いつものことだった。



上 おそらく明神峠から湯船山に登る途中で写したものだと思う。とすると、富士山の右に大きい山は三国山1320bに違いない。

中 織内さんはアサヒペンタックスに105_レンズを常用だった。こういう中望遠一本槍という使い方をなさる人は珍しいのではないだろうか。

下 世附峠(ゆづくとうげ)。754bの高さがあり、ここから尾根はやや南に向きを変えて不老山へと続いている。

(2013.1) 

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