太郎山
   1968(昭和43)年11月24日

奥日光、竜頭ノ滝下からほんのわずかのところに菖蒲ヶ浜というバスの停留所があり、その前に星政という小さな旅館があった。客室は3つか4つしかなく、愛想のよいおばあさんが娘さんと息子のお嫁さんとの三人で切り盛りしていた。

そのおばあさんは、これは戦前のことだろうが、中禅寺湖畔にある外国大使館の別荘に勤めていたというのもうなずける、なかなかのハイカラぶり。私はおばあさんも宿も大いに気に入り、一時はここに泊って、奥日光の山によく登りにいっていた。

この太郎山登山も、その1例だが、11月の末になれば訪れる観光客もなく、「まぁまぁ、こんな寒い季節に、よくお出でになって」と、おばあさんはますます愛想がよかった。

というわけだが、これも、もう50年近い昔の話。星政旅館や隣接して「テッチャン」という息子さんがやっていたガソリンスタンドは、今はどうなっているのだろうか。近年、奥日光へいく機会もなく、バスの窓からにしても、その安否を確かめることができないでいる。



上 星政旅館泊の翌日は湯元行きのバスで光徳牧場下車、ハガタテ経由で小太郎山、太郎山へと登った。現在、山王帽子山の西下、小太郎山との鞍部のハガタテへ突上げる薙(なぎ)は崩壊が激しくて通行禁止になっている。私はこのルートを2回辿っているが、その都度、小石まじりの砂がぱらぱら落ちていて、気持ちのよいところではなかった。写真は小太郎山から太郎山への稜線。眺めがぐんと開けて、このコースのハイライトだ。行く手に見える双子峰は帝釈山と女峰山が重なって見えているのだと思う。

中 太郎山の南下には小さな火口原があり、季節には花がきれいだというので「お花畑」ともよばれている。太郎山から下り始めてその火口原を見下ろすと、向こうには男体山が姿をあらわしていた。この日は火口原経由で山をおりたあと、太郎山林道、裏男体山林道を歩き、三本松へ出てバスに乗った。なにしろ長く飽き飽きする林道歩きだった。

下 太郎山の山頂。 

(2014.3)

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