黒川鶏冠山
    1959(昭和34)年1月25日

奥多摩山岳会にいた頃の山行。この時は柳沢峠から往復したが、下から峠までは、どうあがったのかさっぱり記憶がない。

夜行列車で早朝塩山駅下車、そして裂石(今の大菩薩登山口)まで一番バスに乗ったあと、ひたすら青梅街道を歩いて登ったのだろうと思う。それしか考えられない。

1953年5月、初めて大菩薩に登った私は、その魅力に取り付かれ、せっせと大菩薩に通っていた。大菩薩は最高点の嶺を境にして、その南面と北面ではがらりと様相が変わる。

南面は笹原の尾根もあって明るいが、北面は森林に覆われて暗い感じがするところである。それに昔々の田部重治さんと中村清太郎さんの大黒茂谷遭難も承知していて、北面というと、なんとなく身構えるところがあった。

今では、柳沢峠からの道も途中で車道が横断するようになったりして、かつての「おどろおどろしさ」も薄れ、つまらなくなってしまった。



上 黒川山の三角点からわずか進むと、岩頭の「見晴し」に飛びだし、ここのからの眺めが素晴らしい。多摩川水源から奥秩父の核心部までの山々がずらりと並んで絶景の一語に尽きる。小社のある鶏冠山の頂上もよいが、岩の上の狭く危なっかしいところなので、長休みには、この「見晴し」がお勧めである。

中・下 当時の柳沢峠 かろうじて車道は通じていたが、舗装などは論外で冬は雪と霜解けの泥んこ道だった。その後、塩山駅から峠越えのバスが落合まで通じ、一時は氷川行きの急行バスも走るようになったが、それも今は昔の話である。なお、私が最初に落合からこの峠を越した1951年当時は、まだ振分け荷物をつけた馬が往来していた。現在は、ご存知のごとくハイウェイもかくやの車道に変っている。

 (2012.9)

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