雁坂峠、甲武信岳
   1974(昭和49)年11月1〜5日

織内信彦さんは農大山岳部出身、日本山岳会副会長を務め、かつ会のウルサガタの最たるお一人だった。私は望月達夫さんに紹介されて山へもご一緒するようになったが、なかなかの殿様であった。

奥秩父の案内を頼まれたはいいが、「長丁場は歩きたくはない」とおっしゃるので、仕方ない。東京を午後たって、まず登山口の広瀬の民宿泊、以下は雁坂小屋、甲武信小屋に泊まり、十文字峠をへて梓山の白木屋旅館に泊まってから帰るという4泊5日の行程を考えた。

ほぼ日を同じくして同コースを歩いた望月さんと山田哲郎さんは東京を朝出発して雁坂小屋、十文字小屋の2泊3日で歩いているのだから、いかにこちらが大名旅行であったかがわかろうというものである。

でも、まぁ、山岳会の大先輩の驥尾に付して歩くのも、たまにはいいではありませんか。今となれば、雁坂小屋で同宿の望月さん、山田さんを交えて楽しく語り合った一夜も、よい思い出である。



上 甲武信岳の展望 今は山頂に「日本百名山」の大標柱がたつと聞くが、本当だろうか。近頃は「やんごとなきかた」ご登山の記念碑がたつなど、せっかくの山頂ながら艶消しの所業を見かけるようにもなった。こんなこと、よせばよいのにと思う。

中 破風山と木賊山の鞍部にある避難小屋。その後、建て替えたとも聞いている。

下 雁坂小屋。左から望月さん(1914〜2002)、織内さん(1912〜2002)。望月さんも山岳会の重鎮で副会長を務めた。私は織内さんとは6、7回、望月さんとは120回ばかり一緒に登っている。

(2012.9)

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