氷川屏風岩
    1960(昭和35)年6月26日

今はどうかわからないが、私が奥多摩山岳会にいた頃の話。新入会を受け付けるのは毎年4月で、5月、6月になると新会員のための「読図教室」と「岩登り教室」の山行が設けられていた。

「岩登り教室」は大岳山馬頭刈尾根のつづら岩か氷川の屏風岩で行われ、三点確保で岩場を安全に登るのと懸垂下降に重点を置いて教えていた。私も何回かいったことがあるが、屏風岩のほうが氷川の町並みを目の下にして、ずっと高度感があったと覚えている。



上 屏風岩。目の下に青梅線氷川駅(現奥多摩駅)と、日原で採掘してきた石灰岩を積んだ貨車が見える。手前の広場は小中学校の校庭、左上隅にはバスの溜まり場がある。

中 奥多摩と駅名が変ったのは1971年2月からで、その前は氷川駅だった。休日ともなれば、この頃も大変な人出で、青梅線、五日市線は満員だった。

下 日原、丹波、小菅行などのバスも満員。まだ女の車掌さんが乗務している時代だった。右端の人物が背負っている紐でくくって閉じるザック(サイドポケットも)も懐かしい。

(2012.11)
           
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