秋山二十六夜山
     1977(昭和52)年3月13日

中央線梁川駅から立野峠を越えて秋山川の谷におり、秋山二十六夜山に登ったあと、帰りにも寺下峠を越して梁川駅に戻った。

先年亡くなった中西章さんの先達で、あとは望月達夫、山田哲郎、加藤隆のお三方、それにこちら夫婦との日帰り山行だった。

中西さんは、この辺の山はもちろん、こうした山里の神社仏閣にも詳しかったので、毎度なかなかの講釈を聞かせてもらったものである。

また、調子のよいことも人並み以上で、立野峠をおりた無生野の宝積寺では住職夫妻といい具合に話を合わせて、お茶の接待にもあずかる始末。

田舎の駅で「ご精が出ますね」と一声かければ、やはりお茶が出てきたものである。中西さん先達の山ではいろいろなおまけが付いて話題に事欠かなかった。



上 昔の寺下峠は、今よりもずっと明るい感じのするところだった。眺めも上々、秋山川を挟んで赤鞍岳前後の山稜が連なり、その上には大室山がのぞいている。

中 頂上には新ハイキングクラブの作った「高ガ嶺二十六夜山」の道標があった。人物の中で一番若いのが加藤隆君。

下 無生野の宝積寺の前。左から山田さん、1人おいて加藤君、中西さん、望月さん。    

(2012.10)

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