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横山厚夫さんが語るロッジ山旅の山と峠

三石山今昔

いずれの写真も、カラーは2006年、白黒は81年である。

前回、三石山（１１７３ｍ）に登ったのは１９８１年３月、すでに２５年も前のことになる。それだけの年月がたつと、当時の一部始終はほとんど忘れてしまった。一つだけ、よく覚えているのは、登山口の大崩がまことに好い集落だったことだが、それも集落そのものの情景を記憶しているのではなく、同行の中西章さんが思わず口にした、後世に残る評言によるところが大きい。なにしろ、あのときの中西さんが発した奇抜な感嘆句にはとても実感がこもっていて、まわりの皆んなは大笑いだった。 その日は陽春の好日、三石山は大崩からの往復の登山だった。中西さん、山田哲郎さんほかと楽しく登り、大崩に戻ってきたのは、かれこれ午後の３時になろうかという時間だった。 ３月ともなれば、まだお天道様は高く、西に向いた急斜面に散在する山村の家々は真正面から陽を浴び、ぽかぽかと暖かかった。ほんの２、３軒あるうちの１軒ではたまたま法事が行なわれていて、私たちが戻ってきたときには、それがちょうど終わったところだった。往きに道をたずねているので、いま、無事登ってきましたとお礼の挨拶に顔をだすと、まぁ、お茶でも飲んでいきなさいと呼んでくれた。 目の下には桑柄川の深い谷、その上にぐんと大きいのが富士川対岸の七面山、右肩には南アルプスの一角がなお雪をつけて光っていた。 お茶にそえてお菓子までだしてくれ、それを遠慮なく頂戴しながら縁先に腰掛けて遠い山近い山を眺めていると、なんともいえない幸福な気がしてきて、ここはまことの桃源郷ではないだろうか。 すると、中西さんが感に耐え兼ねたように、 　「あぁ、いいところだなぁ。こんなところで若い後家さんとビールを飲んだら、いうことないねぇ」 その詠嘆調ばかりでなく、大真面目のお顔までもおかしくて、私たちはお腹をかかえて笑いに笑った。誰かが「なにも後家さんでなくとも、若い娘なら、なおいいじゃありませんか」というと、もう一人が「中西さんは、もう立派な妻子持ちなんだから、その辺を少し自制して、若いにしろ、一歩後家さんに後退しているんだよ」。 なにしろ、おかしかった。そして、うまいことをいうと、その後は山を歩く途中、集落に限らず少しでも好いところになると「ここは若い後家さんとビールだね」というのが、私たちの常套句となった。なお、蛇足を付け加えれば、いまから２５年前、中西さんはちょうど５０になった年だったと思う。 さて、先の１月中旬、私たち夫婦はロッジ山旅の週例山行に参加して、久しぶりに三石山に登った。　 中西さんなどと同行した前回は、身延駅から大崩の集落まで２時間近くかかって歩いたのも、今回、長沢君の車だと１０分くらいのものだった。ただし、同じ山梨県のうちとはいえ、八ヶ岳山麓のロッジからだと結構長いドライブになって、ご苦労様。 山梨百名山に選ばれたせいもあってか、登山口の目印はもちろん、途中の道標も過不足なくつけられ、以前よりはずっと判りやすい山になっていた。道もしっかりと踏まれている。だが、家人とは「こんなところあったけ」と道々顔を見合わすほどに、前のときの道筋はすっかり忘れていて、まるで初めて登る山のようだった。 山頂手前にある小峰の鎖のかかっている急登も、まったく覚えがなかった。山頂の神社も、「こんな木造の大きな社だったのか」と記憶のそれとは大違い。石垣に囲まれたなかの、もっと小さい木祠だったと覚えていたのである。これまでに見た多くの山の社と記憶が入り混じった結果だろうが、なにしろ四半世紀という時間の経過は恐ろしいものだと身に染みて知らされた。 なお、この山行後、日ならずして長沢君から送られてきた山頂での記念写真を見ると、自分で思うよりもずっと年寄りに写っていたのにはがっかりした。「デジカメの解像力がよいだけです」と長沢君はいうだろうが、ここでも年月の経過とは過酷なものだと思い知らされたしだいである。 今年、年が明けて早々に、もう１回、ロッジ山旅の週例山行に参加している。１月７日に日帰りで登った富士急行沿線の倉見山であり、これも前回からだいぶ間をおく再訪の山となった。これまでも週例山行のおかげで、久しぶりに、もう一度登ることになった山が幾つかある。そして、この先もそのようにして「ご無沙汰しました。その後いかがですか」と久闊を叙する山が少なくないだろう。そんな折、「××百名山に無理矢理数えられて、こんなに俗化してしまったよ」とわが身の不運を嘆く山には、なるべくならば、お目にかかりたくないものと願っている。(２００６．１）

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