北八ツ彷徨 山口耀久 著

山岳文学の代表的な一冊。その目次に並んだ項目のうち、書名にもなった<北八ッ彷徨>に単独行者の意識についての一節がある。「(ひとりで歩いているとき)山で印象されたなにかが、たしかな観念として言葉の上に安定するのは、おそらくは山をくだってからしばらくあとのことである」。これは、単独行の主人公たる自分を客観的に文章に定着させるのには時間がかかる、要するに山での行動と書く行動は別物だと示唆している。
 
現代の登山はスポーツ化が進み、成果は数字で表され、洗練された文章で残されることが少なくなりつつある。そんな中では、新記録など狙わない、ごく普通の単独行はスポーツから縁遠い位置にあると思われる。
 
本人以外に自分の山行を残す術がないといった理由で、これまで多くの単独行者が文章を書いてきた。その中には登山史に残る記録もあれば、おのずと内省的になる単独行なだけに、文学的な昇華をみたものもあった。
 
山から新奇が失われた現在では、単独行者が自分の山を書いてみようとするとき、なおさら前記の山口氏の示唆が重みを増すだろう。その意味では、この本に収められた<富士見高原の思い出>をぜひ読んでもらいたい。

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