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         荒倉山〜大平山 2007.12.20



月末の木曜が都合が悪くなり、これがこの年の納会山行になった。本来の納会山行なら、午後早々には帰ってこられる山に登って、さあ祝杯というわけなのだが、そのために計画を変えるわけにもいかないと予定どおりの山に登った。しかし納会山行にはいささかハードな内容で、しかも出発が少々遅かったこともあって、暗くなる寸前にやっと里に下り着く始末だった。

荒倉山は今ではすっかりハイキングの山だが、ここから南へと縦走する人はほとんどいない。人よりは熊が多いことだろうと思う。坂本さんの帽子と糞を較べている写真があるが、これだけ大きい糞をするのは熊に違いない。それが道中10個もあった。熊除けに連れて行ったクリオがそこら中で吠えて駆け回っていたから、おそらく何頭もの熊がいたのだろう。

途中、足元がすっぱりと切れ落ちているところがあって、奥秩父方面がよく眺められるが、それが右三段目の写真。手前の茅ヶ岳はニセ八ツの俗称を持つが、ここから見ると奥秩父の山並みと相似形なのがおもしろい。

1117m三角点(点名円明)の山あたりを地元では大平山(おおびらやま)と呼んでいるというが、その知識を得たのも、そもそもこの山を知ったのも望月達夫さんの『藪山辿歴』(茗溪堂)であった。

その山行の様子が、ロッジにある望月さんのアルバムで見られるのを不思議な縁と思わずにいられない。望月さんのアルバムがロッジにやって来た経緯は横山厚夫さんが書いてくださっている。(参照

望月さん一行が登った、入戸野からの径を私たちは下ったのだが、前述の本にある、途中に3体あったという馬頭観音を、かつて私がひとりで歩いたときには見つけられなかったが、このとき坂本さんが台座と石像がばらばらに転がっているのを見つけた。おそらく望月さんの書くうちのひとつではないだろうか。

観音像は崖に張り出した松の根元に寄りかかるように引っかかっていた。このあたりはおそろしく崩れやすい地質だから、おそらくもっと上にあったものが地面ごと崩れて落ちてきたものであろう。それを径の脇に立て直したのが最後の写真である。

(2015.3)  木曜山行報告へ

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