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森林書房『遊歩百山』8号に書いたものです。横山厚夫さんの本で知った山でした。未だ再訪を果たしていませんが、もう一度行ってみたい山です。今では大弛峠を越える峰越林道の山梨県側は全舗装だといいます。柳平の周辺も琴川ダムの完成のあかつきにはまるで違う風景となってしまうことでしょう。その完成もまもなくのことです。


                                                                 剣ヶ峰

国土地理院の地図の山名表示がどんな基準によっているのかはわからないが、今回の剣ガ峰は、山また山の二万五千図=川浦のたった八個しかない山名のひとつであるばかりか、二十万図=甲府にも記載されている。富士山や南アルプス、八ヶ岳の巨峰群とともにですよ。全く堂々たるものである。

ということは天下にあまねく知られる名峰ですね? いいえ、とんでもありません。地元の人だって知りません。名前からすると、天を突くがごとき鋭峰ですね? いいえ、お椀を伏せたようなお山です。そんなに地図に載っているくらいだから、さぞいい登山道があるんでしょうね? いいえ、何もありません。そんな山、登る人がいるんですか? 登る人がいないから登りたくなるんです。馬鹿な人ですね。そうです。ただの馬鹿なんです。

というわけで、とにかく出発。同行1名(この人も馬鹿)。

山梨県は例の悪名高い大送電線の工事道路をクリスタルラインと称して整備し、牧丘から清里までつなげてしまった。車を使った登山では、我々もその恩恵に浴するわけだが、うまくだまされているような気がしないでもない。

ともかく、牧丘町窪平で国道140号と別れ左折、すぐの交差点を右折する。ここがクリスタルラインの入口だが、なんの表示もない。ちなみに、清里側の入口はもっとわかりにくく、完全な迷路である。ついに道を発見できないまま遭難してしまう人も多い。多分あまり利用してほしくないのだろう。まあ、しかしここは直進しても塩平、焼山峠を経て金峰牧場で合流するので問題はないだろう。

幅員は狭いが快適な舗装路をぐんぐんのぼる。やがて柳平に着く。牧場の中を道は続くが、その先にゲートがあって、五月いっぱいまでそこから通行止である。我々もわざわざその通行止の期間を選んで来た。車の通らない道をぶらぶら歩くのも悪くない。ゲートが開くと待ってましたとばかりに大弛峠越えの車やバイクが押し寄せる。そうなっては道を歩いても面白くないし、この先車を乗り入れるとなんぼなんでも歩く量が少なすぎる。

ゲートの近くに数台の駐車スペースがある。通行止とはいうものの、例によってゲートの横には、ちゃんとオフロードバイクが通れる道ができている。幸いこの日は侵入してくるバイクの騒音に悩まされることもなくのんびり歩けた。

乙女鉱山への道を左へ見送り、さらに行くと右に鶏冠山林道が分かれる。剣ガ峰へはこれに入る。久しぶりにこの道に来たが、驚いたことにここまで全舗装である。いずれは大弛峠まで舗装するつもりだろうか。鶏冠山林道は一般車通行止だが、ここもほとんど舗装路といってもいいほどの固く締まった路面が続く。地図上、道がヘアピン状に東から西へ曲がる地点で、地図にはない新しい林道が東へ延びている(林道黒金山徳和線)。そこを過ぎてまもなく、地図に小さな採石地の記号のある場所で、右にちょっとした道が上っていた。

見晴らしがきくかなと思ってそれを行くと、広い平坦な採石跡地に出た。すぐそこに目立つピークがあり、おお、 これぞ剣ガ峰と安心して一服。遠望こそきかないが、五月の新緑の山々が実にさわやかだ。遠見山から大烏山にかけての稜線がまろやかに東の空を区切る。

さて、一路頂上目指して笹薮に突入。わずかの急登で突破。歩き良い斜面となる。おやおや、そこかしこにタラの木が。春の天候不順で今年は山菜の芽吹きが十日ほど遅れている。標高2000メートルのここでは、半分はまだ芽が固い。それでもしばし、タラの芽狩りにせいを出す。良く見ると、芽が採られたあとがあって、枯れている木もある。よくもこんな所にまで来るもんだ、山菜採り恐るべし。と自分の事は棚に上げて感心する。

50個ほど収穫して、再び登り始めると、あっというまにピークについてしまった。こんなに楽でいいのかしらん、と見ると向こうにさらに高い峰があるではありませんか。剣ガ峰から南へ派生する尾根の約1840メートル地点に我々は阿呆面をして立っているのだった。馬鹿は馬鹿なりに地図をよく見なければなりません。

よし一気にいくぜ。とがむしゃらに登る。日差しをさえぎるものとてない茅戸の斜面である。暑くてもうだめだと思う頃頂上に着いた。山名表示も何もなくて気持ちがいい。北側が眺め良く、金峰山をはじめとする奥秩父主稜の山々が望まれる。いつもながら、どんな御馳走にも勝るおいしい頂上での昼食を済ませ、名残惜しい剣ガ峰をあとにする。

南西方向に踏跡をたどるが、どこをどう行こうがいずれは林道に突きあたると思うとだんだん適当になって踏跡はなくなってしまったが、自動的に林道に飛び出た。林道をぶらぶら下っていくと、さっきの登り口のわずか上、道が小沢を渡る付近に落葉松の林の中を細々と道が剣ガ峰の方向に延びていた。なるほどこれを登ればよかったのかと思ったが後の祭。まあとにかくピークを踏んだんだからと負け惜しみ。

さて、また林道を下るのもつまらない。前述のヘアピンカーブの所から林道をバイパスして南へと薮に突入した。これがかなりの薮だったが、小沢に出てからは、途中25センチもあろうかというおばけのようなタラの芽を収穫しつつ、難なく峰越林道に合流した。しかし結局、行きよりも林道をショートカットした帰りのほうが時間がかかってしまった。急がば回れを身をもって証明したのであった。木もれ日のさす林道から後ろを振り返ると木々の間に剣ガ峰が頭を見せていた。

さてさて、山を下れば風呂だ酒だ。この辺の山の帰りには、いつも三富村の村営温泉を利用するのだが、あいにくその日は火曜日で定休日だった。しからば塩山へ。ひと風呂浴びて、家へ直行。山で採ったタラの芽のてんぷらを肴に飲んだビールのうまさ。うう、やめられまへんな。ああ皆様にも分けてあげたかった。ではまた、山で会いましょう。

1993年5月25日

峰越林道ゲ−ト(三五分)鶏冠山林道分岐(一五分)林道黒金山徳和線分岐(五分)採石地(三五分)剣ガ峰南尾根(二○分)剣ガ峰(二○分)林道(七五分)林道ゲ−ト

二万五千分の一地形図 川浦

アドバイス

常に自家用車での山行なので、なかなか他の交通機関利
用の方へのアドバイスはしづらいのだが、たとえば剣ガ峰の場合はバスを利用したりすると、とんでもない長丁場になってしまう。自家用車ならば、ルートがはっきりしない事を除けば(そこがいい)、時間的にも体力的にも単なるハイキング程度だが、杣口や塩平から歩きだすとすると一泊位の余裕が欲しくなる。人数が揃えば、タクシーを使って柳平まで行き、帰りは琴川沿いの道をぶらぶら下るのも楽しそうだ。

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