| ストックワーク 六十路の手習い 山の用具にかぎらず最新の便利なものにはいつも疑念を抱いている。それが寄る年波で高じてしまうのか、近年話題の3Dだって夢中になっていると、そのうち目をやられてしまうんじゃないか、なんて心配になる。まあ、十分の一くらいは買えない者の僻みも含まれてはいるが…。 ランニングに熱中し始めた頃、よくイヤホンで携帯ラジオを聴きながら走っていた。短時間なら別になんの問題もないのだが、そのまま2時間、3時間走り続けると、発汗で耳の中に水が溜まる。これがもとで耳鼻科に通ったあたりが、この種の不信の始まりだろうか。当たり前すぎる話だからなのか、注意喚起はおろか話題にもならなかったのは、世間もメディアもなにかに遠慮しているからなのか。 さて本題のストック、今ふうにはトレッキングポールなんていわれている山用の杖の話である。山登りに杖といえば修験者の金剛杖を思い浮かべるほど、山と杖とは古くから関わりが深い。だからストックについては、新物に対するときのようなアレルギーはないのだが、スフィンクスと旅人の問答よろしく、つい最近まで私は年寄り専用の用具だと信じていた。 認識がくつがえったのは、昨夏、仙丈の地蔵尾根へ行ったときに出会ったトレランのあんちゃんの巧みなストックワークを見てからである。 トレランといえば、第1回の長谷川カップを思い出す。今とちがいコースは逆回りだが、中間地点の三頭山まで調子に乗って4時間半で走ってしまった。結果的にはオーバーペースだったわけで、後半につけが回り、疲労と睡魔で散々なゴールだった。このレースではストックを使っていたひとも何人かいたが、走っているかぎりはストックの有用性など思いもよらなかった。 あれから17年の年月が経ち、私も年相応に地蔵尾根には片手に1本ストックを携えて来たが、それは慢性的な膝痛に対する用心という、まことに消極的な理由からだった。しかし、トレランのあんちゃんがチャカチャカ操るストックは、私のそれとはぜんぜんちがっていた。垣間見ると、2本のストックを時々前や後ろにもろ手突き(前方、後方突き)している。指南書ではよくまちがいの見本とされる用法だ。ストックを左右交互に突いて前進するのがノルディック・ウォーキングの基本だとすれば、文字通り意表を突(?)いている。とはいえ、山と平地とではおのずと勝手がちがう。目からウロコとはこのことをいうのだろう、なにか閃くものがあった。 トレランふう、というよりはオールラウンドなストックワークを試してみよう、と久しぶりに伊東の裏山に登ったのは、秋も終わりの頃のこと。なにしろ両手がふさがるのだから、蜘蛛の巣なんかがあるとまずい。それに、黒子を生業としてきた(近年はまったく様変わりしたが)ような私には、低山歩きに二刀流という格好は大げさ過ぎて相当に勇気がいった。 じつはその筋の仕事をしていた頃、業者から取材の折のモニター用にと、ペアのストックを提供されていた。思わぬ役得だったが、スフィンクス的偏見や二刀流への違和感にとらわれて、何年も物置の奥に仕舞い込まれたままだった。ありがたいことに平日の裏山は人影もなく、傍目をはばかることなく好き勝手にやってみた。 たちどころに分かるのは、ストック1本と2本とでは、同じ山登りでも世界がちがう、ということ。片手に1本が転ばぬ先のただの杖だとしたら、両手に2本は登るための手足の延長、といえばよいのか。ともあれ、2本手にしてこそストックワークというワザが生まれ、そこにアグレッシブな山の世界が開けるのである。 さっそく急斜面で例のもろ手突き。前方突きは身体を少しストックにもたせかけて、リズムよくトコトコと駆け上がる、適度な傾斜の氷雪面を、ダブルアックスで登っていくような感覚。後方突きは、V字のポジションにストックを保持し、身体を後ろから押し上げる感覚だ。とうの昔から二刀流のひとなら、今さらなにを、と思うかもしれないが、たしかに早いしラクでもある。 ラク、というのはちょっとちがうかもしれないが、たとえば粘土質の不安定な足場でバランスをとるのに腰で踏ん張らなくてもよい。余計な力を使わないというのは利点だ。とはいえ、あくまでもろ手突きは急斜面や段差を越える奥の手であって、だいたいは左右交互に突いていく。突く、というより引き手側のストラップを後方へ押す、といった感覚だ。ちょうど、シールをつけたスキーを進めるときの手の動きに似ている。それは遠い昔、重荷を背負いのろのろと歩いた退屈でつらいばかりの記憶と重なった。しかし、今、身軽な格好で全身を使って登る一歩一歩のなんと新鮮で楽しいことか。 ストックの活用にもっと早く気がついていれば、後の山登りに役立ったのでは、と残念な気がしないでもなかった。が、今からでも遅くはない。裏山での手ごたえに味をしめて5月連休の初め、富士山の御殿場コースに二刀流で日帰り登山を試みた。 山仲間K君の車に便乗し、前夜は道の駅で車中泊。この日のために用意したペアで千円もする雪輪をストックに装着、日の出とともに1440メートルの太郎坊駐車場を出発した。すでに森林限界を抜けているので、御殿場側の圧倒的なスロープがいやでも目に入り、ストックを両手に握ると年甲斐もなく胸が躍った。 標高2000メートル下の次郎坊付近から雪を踏む。天気はよいし風もないが、気懸かりがないわけではない。春や初冬は寒暖の差が大きいから斜面が氷化しやすく、時に上部は一面凍りついて手がつけられない。とくに日当たりのよい御殿場側はその傾向が強い。果たして懸念は的中し、3000メートルを超えた七合あたりから上は、テカテカのアイスバーンに覆われていた。 ここで片方のストックをアックスに持ち替える。こんな場面でもろ手突きは論外だが、アックス1本だと行動時は二点支持にならざるをえない。それがストックとアックスの二刀流なら三点支持で対応できるのだから、安定感はこのうえない。 後日、NHKの山番組「グレートサミッツ」のマッキンリー(デナリ)の回を視ているときのことである。取材班と同行している米国の老登山家が、片手にアックス、もう一方の手にストックを突いて登っている場面があり、ああやっぱりな、と思ったものである。氷雪面の歩行術では、転んだ後の対応より、転ばない処し方が重要なのは当然で、両手がふさがることでロープワークには制約があるものの、ストックとアックスの併用テクニックは、もっと注目されてもよいのではないか。 御殿場コースの標高差は2300メートルを越えるが、とくに終盤500メートルは高度の影響を受けるから、実際には数字以上に厳しい。氷に被われた岩塊が乱立する冬ルートの長田尾根を嫌い、途中から夏道のルンゼに入る。その締まり雪のスロープを、ストックとアックスの前方もろ手突き連発で銀明水に抜け出た。 気がつくと雪が黄色く見えている。さすがに怖くなって剣ヶ峰はパス、ひと息入れたらすぐ下山にかかった。アイスバーン地帯が終わるまでは緊張の連続だったが、さいわい風もおだやかで助かった。七合目を過ぎてから雪はぬかるんできて足腰にはありがたく、スタートから12時間後、無事駐車場に帰り着いた。 ところで、ストックは下山で役に立ったかといえば、アックスだけでこと足りた、といえないこともない。たしかにアイスバーンでは大変効果的だが、七合以下のスロープの長い下りでは、文字通り無用の長物のように思えた。それは、下りのストックワークを私がよく分かっていないことによる。それに、富士山のような凹凸のないスロープでは、ストックの機能は充分に活かしきれないのかもしれない。いずれにせよ、ペアのストックを自分の手足とするには、まだまだ時間がかかりそうである。 (2010・5・2) 頂上直下から宝永火口方面を振り返る |