山の荒廃 南アルプス南赤石林道



南赤石林道の千石沢登山口の先で出くわした崩壊は、
この林道歩きの小手調べのようなものだった。(2010年6月下旬) 

 
       
山とランニング、二足の草鞋を履いた80年代以後、以前の私なら歩く気も失せるような長い林道歩きが苦にならなくなった。というより、好んで林道を走るようになった。ここでいう林道とは、いわゆる森林法上のそれではなく、山の中の車道一般についてである。

東京で暮らしていた頃は奥多摩や丹沢の林道がメインで山道は林道ランの付録だった。とくに雲取の後山林道や丹沢の神ノ川から犬越路トンネルを抜ける林道などは四季を通じてよく走ったものである。林道が好きになると、それまでは思いも至らぬコースが視野に入ってくる。例えば80年代末のことだが、富士急線の富士吉田駅(当時)を早朝スタート、山中湖から切通峠を越えて丹沢湖、さらに玄倉川林道から雨山峠を経てお昼過ぎには小田急線の渋沢駅近くのラーメン屋でビールを飲んでいた。こんな登山ともランニングともつかない山間部の踏破は痛快だった。

しかし林道を走る代償は大きい。なにより、事後の身体のケアが不足し、年を経ていつか故障を繰り返すようになった。結局、還暦を過ぎたころに走った三度目の箱根白銀林道あたりが私の最後の林道ランだった。

さて6月、梅雨の時季は夏至の時季。恒例の長時間行動の山は南ア深南部、車で標高1404メートルの山犬段まで行き、そこから林道を歩いて黒法師岳を往復という、全くもってらしくもない計画だが、これも林道歩きが好きだからこそ。私が係わった2000年暮刊行のガイドブックに、その「黒法師岳から南赤石林道」が紹介されている。

今回はガイドブックの逆をたどるが、山犬段避難小屋から先は林道の往復だけでも40キロ、今にして思えば黒法師岳登山は机上の空論だった。仮にガイドブックが賞味期限内であったなら、日本で最もデンジャラスな一般登山コースのひとつにあげられるだろう。大間川上流部の急峻な山腹を切り裂くように開かれたこの道は、いたるところで崩壊し、場所によっては路面の底が抜けて谷側の法面が宙吊りになっていたりしている。事前に情報を仕入れていたとはいえ、その荒廃ぶりは私の想像を超えていた。結局、千石平から東に派生する支稜を回り込んだあたりで、怖いもの見たさのモチベーションもすっかり失せてしまった。


周辺は素晴らしい原生林に覆われているのだが、土壌ともいえないような砂礫の中に奇跡的に根を下ろした木々が急峻な山腹の土砂流失を辛うじて留めているのが現実だ。少しでもその植被に破れ目ができれば、そこから止めどもない山肌の崩壊が始まることは容易に想像できる。この林道は現在、山麓から川根本町が管理する山犬段付近まで(林道南赤石線)はなんとか維持されているが、それも補修工事が繰り返されている結果に過ぎない。山犬段から先、二ツ山稜線上のヘリポートまでの約40キロは国有林道南赤石線という。あたかもこの国の治山事業のしくじりを後の世に隠蔽するかのように、その大部分は国土地理院図からいつか消されていた。



南ア大井川東俣林道の支線(峰林道)、西別当代山付近。白峰南嶺の稜線上をいくこの林道はとうの昔にその役割を終え、今は深山の気に満ちていた。(2007年7月下旬)


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