| 鶴島御前山でアルパイン 寺田政晴さんが亡くなってから十年近くになろうとしている。私の四十代半ばから五十代にかけての山登りの充実は、彼に支えられた部分が大きかった。彼には「秘蔵の山」というのがあり、それらは門外不出で親しい山仲間にも詳細が公表されることはなかった。ここに紹介する中央沿線の里山、鶴島御前山(四八四メートル)の北面もそんな彼のコレクションのひとつである。 御前山の北側に取って付けたような急峻な部分があることを知っているひとは少ない。沿線の車窓から見える山の北面はすぐにトンネルで隠れてしまい、意識していればこそ、黒く翳ったその部分に何かがありそうな気もするのだが…。しかし、改めて地形図を見ると、トンネルの位置は私が思っていたよりずっと西で、電車からはかなりの部分が見えているはずなのである。 寺田さんなら山の発見から偵察行まで、プロローグを書き足すことで上田哲農『山とある日』の笠倉山のように、トータルな登山体験のファンタジーとして標高五百メートルにも満たないこの山をアルプスの峻峰のごとくよみがえらせることも可能だろう。しかし、私にはそんなワザもなければ資格もない。以下の登山の記憶が当日の天候のように曖昧模糊、印象に残るところだけデフォルメされているとすれば、それは彼のお手本が示すテイストへのかなわぬこだわりとお許しいただきたい。 寺田正晴さん 2000年5月 剣岳小窓尾根にて春の先ぶれ南岸低気圧が居座って昨日からの雪はまだちらちら舞っている。寺田さんと私はその朝、御前山北面の山裾をからむ造林の狭い車道をたどっていた。前ぶれもなく「ここだ」と彼が呟いて、車道わきから暗い造林の中に入る。とくに特徴もなければ目印になるようなものも見当たらない。こんな場所に彼のお宝があるとはとうてい思えない。私の困惑に気づいたのか、雪に埋まった林床に分け入る彼の後ろ姿は、ことさら自信に満ちて見えた。ほどなく急なブッシュ交じりの岩稜の下に出る。ここで身支度をととのえてロープを結び合い、まず寺田さんが登りはじめる。 びっしり蔓草のブッシュに覆われた岩。これが「秘蔵のお宝」とは、と訝しく思っているうちにロープがいっぱいになって私の番に。広沢寺のような凹凸の少ない傾斜六十度くらいの凝灰岩質の岩に凍り付いた蔓がびっしり絡みついている。それにアイゼンの前爪を引っかけるのだが、乱暴なフットワークさえ注意すれば案外しっかり体重を支えることができ、そしてこれが意外に楽しめるのである。 上部の様子はガスに覆われてはっきりとはしないが、塔のように立ち上がる岩稜の左右は雪をまとった急斜面が切れ落ちている。つるべでリードを替わって振り返ると、いつか綿帽子を被った造林の樹冠を抜け出している。足下のガスの切れ間から桂川の流れと上野原の散在する家々の雪景色がのぞいた。思わぬ高度感、おまけに造林の覆いがなくなった岩稜は蔓からのしみ出しに雪が白く凍りつき、実に本格的な(?)アルパインである。 相変わらずのガスで上の様子はよく分からない。あえてロープいっぱい伸ばさず三十メートル程度でピッチを切っていく。所々で岩にへばりついたブッシュをタイオフで束ねてビレイをとった記憶はあるものの、いったい何ピッチだったのだろうか。今となっては肝心なところがどうにも思い出せない。 痛快なクライミングはソフトクリームの先っぽのような雪に覆われた岩稜の頭を右に絡むところで終わりを告げる。傾斜がゆるんで、膝上くらいの雪を踏み分ければすぐに頂上の道標だった。眺めもなく寒々としたところでひと息入れる気にもならず、ロープや用具をザックに収めるとすぐ下山にかかる。なにより私たちには恒例の儀式が控えている。 鶴島へ下る道も雪が深かった。途中に木が伐り払われたおあつらえ向きの場所が見つかり、腰を下ろしていつものようにそれぞれ持ち寄ったフルボトルのワインを開けて乾杯。送電鉄塔の向こうに今しがた登ってきた白い岩稜のプロフィールがうすぼんやりと見えている。ミニチュアのようなアルパインにはちがいないのだが、それにしてもこんなところにこんなクライミング、それがなにより愉快痛快だ。 「いいセンスしてるなあ、寺田さん」。あの満足そうな笑顔を思い出す。彼には登路を見出すまでのプロローグがあり、一方の私にはそれがない。同じ時と場所を共有してはいても、彼と私とでは満足感の次元がちがうのだ。哲農御大は笠倉山への思いをアンデスのアルパマヨに例えた。それに倣えばさしずめ塔のような御前山の岩稜は、若き日の夢に描いたモンブランはフレネイのロウソク岩だろうか。 [付記] さらに数年後の冬、寺田さんに大淵元郎、土屋隆明の二氏を加えて御前山の東稜を登った。取り付きはハイキングコースの途中からで、これまたお手軽。ブロック状の岩塊が折り重なった灌木交じりの長い岩稜で、傾斜の強い北面のルートのような迫力はいまひとつだが、曇天の寒い日には楽しめるかもしれない。私が登った時は晴天が災いして気温が上がり、ポタポタと落ちる木々からの雪塊やしずくでコンディションはいまひとつ。山が低いぶんコンディションは平地と大差ないのだ。いうまでもなく、雪のない時期はお勧めできない。 |
| (投稿 2015.9) |