| V.初秋の空間を舞う 穂高屏風岩東壁青白ハング 1973年9月上旬撮影 ウィンパーが活躍していた時代は、山頂に立つためのもっとも容易な登路にこそ価値があるとされた。今流にいえば「百名山最短コース」である。やがてA・F・ママリーが登場し、登山そのものの面白さを求めることこそ、その本義であるという考えに至り、現代の一線に引き継がれた。かくて今もなおママリーの末裔たちは世界の山々を舞台に様々な面白さの可能性を追求している。地上の未踏峰は尽きてもママリズムは永遠なのである。 ![]() 岩壁の登路も同様で、初めこそ岩の弱点をつないだ論理的なものだったが、初登以降はクライミングの面白さを求めて数多の酔狂な登路が開かれた。青白ハング帯を登るこのルートもその一例で、垂壁を避けるように好んで壁の前傾部分をたどり、さらにオーバーハング帯最上部の大岩庇を越えるのである。埋め込みボルトで開かれたこのようなルートの初登と再登の困難度のちがいは天と地ほどの開きがある。岩にボルトの穴を穿つ作業がない再登以降は、苦も無く大空間のトリップを満喫できるのである。言うまでもなく登攀中に味わう露出感は半端ではなく、それがこのルートの持ち味でもある。 ![]() 目が回るようなロケーションを求め、写真撮影を目的に I を誘って青白ハングへやってきた。青白ハングには何度か登っていたから撮影ポイントもよく分かっている。天気はよいし登攀も順調。なにもかもがうまく運び、極めつけの大岩庇を鼻歌交じりで越えていく I だった。 |